ツバメ

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[エッセイ 558]
ツバメ

 人の多く出入りする公共施設や大きな玄関のあるお宅には、大抵ツバメが巣を作っていた。ちょうど今の時期、南から帰ってきたツバメたちが子育てに精を出していた。にわかに騒がしくなった頭上を見上げると、4~5羽の雛が黄色いくちばしを精一杯開けて親が捕ってきた餌をねだっているところだった。数十年前には、どこででも見られた光景だった。


 それが、最近はさっぱり目にすることがなくなった。本来なら、代掻きの整った田圃の上を、水面すれすれに高速で飛び交うツバメの姿が多数見られたはずだ。しかし、郊外へ出向いても、田園風景にそれほどの賑やかさはない。ツバメの数そのものが大きく減ったのか、あるいはこの日本の環境がツバメたちに敬遠されるようになったのだろうか。


 ツバメは、日本人のもっとも近くで生活し、人々からもっとも愛された鳥である。“速い”といえば真っ先にツバメの名があげられた。古くは戦闘機に“飛燕”という名がつけられた。国鉄の最速特急列車は、長い間“つばめ号”と名乗っていた。そして、その国鉄のマークはツバメ印、その名を冠した球団名はいまもヤクルトスワローズへと延々と引き継がれている。


 ツバメは、スズメ目ツバメ科に分類される渡り鳥である。冬は、台湾、フィリピン、ボルネオ、マレー半島、ジャワ島といった暖かいところで過ごし、春になると日本に帰ってくる。日本に着くと、まず民家の軒先に巣を作り、繁殖活動に精をだす。巣は泥を唾液で固めて天井の隅や梁のくぼみにくっつける。民家を好むのは、人の気配があって天敵のカラスが近寄りにくいためのようだ。


 餌はもっぱら空中を飛んでいる虫である。大切な農作物につく害虫を補食することから、人間にとっては“益鳥”にあたる。そして、ツバメといえば低空での高速飛行である。とくに田植えのある梅雨時は、害虫たちの羽も湿気で重くなって低空をさまよっている。鳥たちはそれを高速でキャッチする。


 ツバメは高速飛行でもてはやされるが、その飛行速度は正確なところは計測できていないようだ。ただ、鳥で一番速いのは時速200キロ超のハヤブサで、開業当時の新幹線クラス、ツバメは130キロ前後で在来線の特急クラスとみられる。ツバメの速さは、ちょうど伝書鳩と同じくらいのようだ。


 ツバメは、人との共存の上に繁栄してきた。幸運の鳥とか商売繁盛の印として大切にされてきた。ただ、巣から落とされる液状の廃棄物には、いささか戸惑ってしまう。骨の折れたビニール傘をその下に逆さまに吊しているのを見たことがあるが、これなどちょっとした心遣いかもしれない。


 幸運の鳥の巣の下を通るときは、落ちてくるウンにもしっかりと注意しよう。
                      (2020年6月12日 藤原吉弘)