酢ダイダイ

f:id:yf-fujiwara:20191222085519j:plain

[エッセイ 539]
酢ダイダイ

 

 ふる里のお土産に酢ダイダイをいただいた。早速、鍋物の引き立て役として賞味させてもらった。キリッとした酸味と香り、柚子やレモンなど足元も及ばない絶品である。近年、化学調味料が発達し、この種の調味料には不自由しなくなったが、やはり本物の自然の味と香りには遠く及ばない。


 子供のころ、大抵の家では、畑はもとより庭先にも必ず一本酢ダイダイの木を植えていた。夕食どきになると、その木から果実をもぎ取ってきて半分に切り食卓に置いた。刺身、焼き魚、酢の物そして鍋物、大抵の料理にはその引き立て役として酢ダイダイが活躍した。子供ながらにも、あのキリリとした酸味と香りには、思わずうならされたものだ。とくに、ナマコの酢の物は絶品だった。


 この酢ダイダイと称する果実、ふる里を離れて以来、それが成る木はもとより実にもお目にかかったことはない。酢ダイダイの木が、他の地域の気候風土に合わないのか、あるいはその味と香りが多数の人々の嗜好と相容れないのだろうか。いま住んでいる住宅地では、多くの家庭で庭に柚の木を植えているが、残念ながら酢ダイダイの木はもちろん見かけたことはない。


 酢ダイダイについて、あれ以来いろいろ調べて見た。しかし、ふる里に関わる
資料にはその呼び名はあっても、その他のところでそれを見つけることはついに叶わなかった。その名は、ふる里の単なる方言なのか、あるいはふる里にだけ育つ柑橘類なのか、結局結論を見いだすことはできなかった。そこで、以下、一般的なダイダイ(橙)について考察してみることにした。


 ダイダイは、もちろん柑橘類であり、ミカン科ミカン属に分類される。別名をビターオレンジというそうだから、やはり酸っぱいのが特徴のようだ。インドヒマラヤ地方が原産で、日本の産地としては伊豆半島和歌山県があげられている。いずれも、正月飾りに使われるのが主な目的で、そのままの状態で調味料として取り上げられることはほとんどないようだ。


 ダイダイは、成熟した後も落下せず、新しく生まれた実と二世代が同居する珍しい果実である。一年ばかりか、二年三年になることもあるという。その特性と果実の姿が美しいことから、子孫繁栄や長寿の象徴とされ、幸運を招くという言い伝えもあって正月飾りやお供えに珍重されている。ダイダイという呼び名は、もちろん、代々末永く幸運をつなぐという意味につながっている。


 それにしても、あの味と香りが一般に理解されていないとは残念である。ふる里の人たちは、酢ダイダイのPRや拡販にそれなりに努力しているが、目立った成果には繋がっていないようだ。あの珍品が、世の中に広く取り上げられ、みんなに愛される日が来ることを期待したい。
                     (2019年12月22日 藤原吉弘)