プラネタリウム

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[エッセイ 323]
プラネタリウム

 秋分の日からの4日間、親類の弔事で実家に帰った。中秋の名月から旬日が経っていたので、日が暮れるとあたりは真っ暗になった。秋の空は澄み渡り、おまけに大都市から遠く離れているので、闇夜の空は果てしなく深い。その漆黒の空に浮かぶ星の多さに、あらためてびっくりさせられる。

 この夏、孫娘二人がわが家に遊びに来たとき、市内のプラネタリウムに連れていった。夏休みということもあって、それにふさわしいプログラムが用意されていた。一つは「恐竜絶滅と地球の奇跡」というドームスクリーンを使っての映画、あと一つは「今夜の星空」という本来のプラネタリウム番組に加え、太陽系の広がりと謎を解き明かす映画が組み合わされていた。

 このプラネタリウムというのは、プラネット、つまり惑星の運動を再現してドーム型天井スクリーンに映写する装置(惑星運行儀)のことである。簡単にいえば、バケツに星空に見立てた穴をあけ、中に電球を入れてその光を天井に映し出すようなものだ。アルキメデス(B.C.287-B.C.212)は、すでに太陽、月、惑星の運行を再現する装置をもっていたというからその歴史は古い。

 プラネタリウム劇場では、主に季節ごとの星空を、それにまつわる話を交えて投影することが多い。OHPやスライドを併用して絵を映し出すなど、話の進め方にもさまざまな工夫が凝らされている。アニメの上映や楽器の生演奏などもよく行われる。私の家族も、ここで「星空のコンサート」という、夏の夜空を眺めながらのハープのコンサートに酔いしれたことがある。

 近代的なプラネタリウムは、1923年にドイツのカール・ツアイス社で製品化された「ツアイス型」と呼ばれる光学式投影機が世界初といわれている。約4,500個の星(およそ6等星まで)を投影することができたという。

 日本に登場したのは1937年、大阪市立電気科学館に設置されたのが最初だそうだ。国産品は、1950年代末、五藤光学研究所と千代田光学精工(現コニカミノルタ)が相前後して製品化に成功している。機能的にも年々進歩し、いまの最高水準は大平技研製で、2,200万個(13等星まで)の投影が可能だそうだ。

 ところで、宇宙(空間)は一体どのようになっているのだろう。宇宙には果てがあるのだろうか。果てがあるとしたら、どのような形をしているのだろう。そして、そこは地球からどれくらいの距離があるのだろう。

 「観測可能な宇宙」という言葉がある。理論上観測可能な領域のことで、地球から460億光年の球状の範囲である。宇宙はその先にも続いているはずなので、結局「無限」と考えるしか仕方がないようだ。

 プラネタリウムでなら、宇宙の果てを映し出すことができるかもしれない。
(2011年10月2日)

写真 上:藤沢市湘南台文化センターのプラネタリウム劇場外観
    下:同センターの投影機