優先席

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[エッセイ 306]
優先席

 先日の夕方、新宿から埼京線の始発に乗った。座席はほとんど埋まっていたが、優先席は3席すべてが空いていた。私はその一番奥に座った。隣には若い女性が来た。彼女は、座ったとたん脚を組み、携帯電話をいじり始めた。次の池袋からは大勢の人が乗り込み、車内はラッシュアワーなみの混雑となった。隣の女性は相変わらず脚を組んだまま、携帯の操作に余念がなかった。

 しばらくして、その女性の前に立っていた別の女性のお腹が、大きく膨らんでいることに気がついた。私は、「お腹が大きいのですね。気がつかなくてゴメンネ!」と大きな声でいってすぐ席を立った。そのときになって、気づかないふりをしていた隣の女性があわてて立ち上がった。

 健康な若者が当然のような顔をして優先席を占領する。混みあった車内で、他人の迷惑など顧みず平気で脚を組む。「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください」と注意されているのに、知らないふりをしてそれを操作する。東北の被災地では、多くの若者がボランティアに汗を流しているというのに・・。

 優先席は、1970年代初頭に高齢者を念頭にシルバーシートとしてスタートした。現在では、子連れ、妊婦、高齢者、肉体的にハンデを負っている人を対象にしている。その名称も、優先席、優先座席、専用席、おもいやりぞーん、おもいやりゾーンなど多彩である。最近では、心臓ペースメーカーへの影響も配慮し、その付近では携帯電話の電源を切るよう求めている。

 しかし、現実には先日体験したようなトラブルは後を絶たず、あまりうまくいっているとはいえない。そこに座る資格のないような人が、寝たふりをする、新聞やマンガあるいは携帯に熱中して席を立とうとしない。中には、それらを全く無視し、おまけに2人分の席を占領する人までいる。

 一方、体調が悪かったりひどく疲れていたりしても、若者というだけでそこに座ることを許されない。本来、優先席とは弱者を対象にしたもののはずが、その定義が外見だけで判断されてしまう。優先席が空いているのにその前に立ったままでいるなど、滑稽な光景も見受けられる。このため、全席を優先席としてみたり、逆に優先席そのものをやめてしまったりした電鉄会社もある。

 “全車両が優先席”という意識が、暗黙のうちにみんなに定着してくれば、社会はもっと明るくなるはずだ。欲をいえば、そんなことは全く意識せず、乗客全員がごく自然な形でそれができればもっとすばらしい。本来、社会全体のモラルが確立されておれば、親切心の強制などどこにも必要ないはずである。

 過渡的処置として、優先席は置くが、“優先席は専用席ではありません。席が空いているときは遠慮なくお座りください”と誘導していくのが妥当なようだ。
(2011年5月28日)