薬膳料理

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[エッセイ 244](新作)
薬膳料理

 足を踏み入れたとたん、子供のころの記憶がよみがえってきた。母がよく煎じていたゲンノショウコ(現の証拠)の、あの強烈な匂いにも似ている。そんな漢方の薬草に、強い香辛料の香りも加わって、店内はむせかえるようだ。

 先日、むかし一緒に仕事をした仲間と薬膳料理店で会食をした。せっかくの機会なので、珍しいところでと選んだのがこの店である。漢方薬局の経営する薬膳料理専門の店である。人気が高く、事前の予約が必要だという。

 私たちは「ぷるぷる美肌鍋」という料理を注文した。スキンケアに効果のある、コラーゲンたっぷりの鍋物だそうだ。鍋の中央が仕切られ、ウコッケイとスッポンの二種類のスープが用意されていた。

 具材は、元気野菜に季節の魚と肉の盛り合わせ、スッポンと砂肝のツクネ、それにハト麦だんごなどである。そして最後の仕上げは、両方のスープをブレンドしたコラーゲンぞうすいである。最初から最後まで、美肌効果に徹底的にこだわったメニューだった。

 スッポンコラーゲンのおかげだろうか、ウコッケイスープのスパイスが効いたのだろうか、ずいぶんと食が進んだ。おまけにビールを何本も空けてしまった。これでは、食べ過ぎ飲みすぎの不健康料理になってしまいそうだ。

 薬膳料理は、いわゆる医食同元を具現化したものである。いろいろな説を元に、私なりに解釈してみると次のような数式が成り立つ。[(滋養分の豊富な食材+漢方の生薬)×四川料理のレシピ=薬膳料理⇒健康の維持と増進]。

 薬膳料理には、病気を治すという表現は見当たらない。薬膳料理は、食を通して体質を改善し、病気を予防しようとするものである。そしてその基本スタンスは、食を通して体の弱点を補い免疫力を強める。さらには、体力を養い気力を充実させるところにあるのではなかろうか。

 漢方には、五味や五臓というキーワードがある。五味とは味の種類、五蔵とは人の臓器のことである。辛は肺に、甘は脾に、酸は肝に、苦は心に、そして鹹(かん)は腎に、それぞれ特別の効能があるという。漢方は、五味の組合せによって、一人一人の五蔵をバランスよく整えていくものである。

 薬という字は、楽に草冠がついている。薬は、苦痛を楽にさせるだけでなく、楽しさを増大させる機能ももっている。生き物には、自然治癒力という素晴らしい力が備わっている。その力を最大限引き出し、調和を取りながら助けるのが漢方薬である。薬膳料理は、それに食べる楽しみを加えたものであろう。

 それにしても、いまの薬膳料理は、あの匂いのように特定の階層に偏りすぎている。もっとみんなで楽しめる工夫があってもいいのではなかろうか。
(2009年6月6日)