ボタンとシャクヤク

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[エッセイ 207](新作)
ボタンとシャクヤク
 
 「立てば芍薬 座れば牡丹、歩く姿は百合の花」。これは、和服の美人を形容する古典的なフレーズである。ボタンとシャクヤクはきわめてよく似ているが、両者の美しさと相違点がこの十数字に凝縮されている。

 ボタンは落葉の低木である。このため、枝は横の方向に広がっていく。一方のシャクヤク多年草である。冬には地上の部分が枯れてしまうので、春になって新しい芽が出ると、上に向かってどんどんと伸びていく。ボタンの横方向に対し、シャクヤクは縦方向に勢いがある。正座姿が絵になるのがボタンなら、立ち姿が似合うのがシャクヤクである。

 先日、そのシャクヤクをじっくりと観賞してきた。ボタンはあらかた終わっていたが、シャクヤクは八分咲きといったところであった。両者はよく似ていて見分けがつきにくい。ボタンの花はとにかく豪華である。一方のシャクヤクは、美しさに加えてはじけるような若さがある。

 ボタンが「花王」と呼ばれているのに対し、シャクヤクには宰相にあたる「花相」という呼び名が与えられている。ボタンが老練な大王なら、シャクヤクは若き総理大臣といったところである。

 いわれてみると、ボタンには百花王花神、花中の王、百花の王のほか、富貴王、富貴花など花の王者にふさわしい別名がつけられている。一方のシャクヤクには、はにかみ、恥じらい、あるいは慎ましやかなど、いま売り出し中の若きプロゴルファーにも似た花言葉が添えられている。

 シャクヤクが控え目なのも、ある意味では当然といえる。実は、シャクヤクはボタンの台木にされているのである。ボタンは被子植物なので、当然種からも育てることができる。しかし、開花するまでには時間がかかるので、市販の苗木はシャクヤクを台木に接ぎ木したものが一般的である。

 ボタンもシャクヤクも、以前はキンポウゲ科として分類されていた。たしかに、手元の広辞林にはキンポウゲ科の落葉低木、キンポウゲ科多年草とそれぞれ注釈されている。しかしこの二種は、他の仲間とは、おしべなどの形状が違うことから、新たに設けられたボタン科に分類しなおされた。

 ボタン科の仲間は漢方薬としても珍重されている。とくにシャクヤクの根は、消炎、鎮痛、抗菌、止血、抗けいれんなどの作用が大きいそうだ。一方のボタンは、文学や絵画にたびたび登場するほか、ボタン鍋やボタ餅など食品の名前にも引用されている。ちなみに、ボタンの咲くころ作られるのが「ボタ餅」なら、ハギの咲くころ作られるのが「おはぎ」だそうだ。

 立っても座っても、見事な絵になるのがボタンでありシャクヤクである。
(2008年5月11日)

写真は、大船植物園のシャクヤク