白神山地

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[エッセイ 171](新作)
白神山地
 
 そのブナの原生林には、40個もの小さな沼が点在している。総称して十二湖と呼ばれる。中央にそびえる崩山(くずれやま)の頂上から、12個の沼が見られたことからそう名づけられたそうだ。
 
 ブナの原生林は、それぞれ異なる表情の沼たちとともに、独特の幻想的な雰囲気を醸し出していた。究極の森林浴とはこのような状況をいうのだろうか。
 
 この十二湖のあたりは、広大な白神山地のほんの入口でしかない。その大部分は、人を寄せつけない太古からのブナの森が広がっている。もちろん道もなく、それでも分け入ろうとすれば、役所の許可とそれなりの覚悟が必要となる。
 
 ブナは、材木としてはまったく使い道がないという。そのため、人の手が入ることもなく自然がそのままに残されてきた。今では、鳥や獣たちの貴重な生息地であり、またその豊な保水力から天然のダムとしても環境維持に大きな役割を果たしている。
 
 この白神山地は、1993年、屋久島とともにユネスコ世界自然遺産に登録された。現在ある日本の世界自然遺産は、知床が加わって全部で3箇所となった。ちなみに、日本にある世界文化遺産は、法隆寺地域の仏教建造物や姫路城など全部で10箇所を数える。

 ところで、私たちが参加した北東北を巡るツアーの第1日目は日本海側から始まった。秋田空港を起点に、男鹿半島から八郎潟を経て、五能線沿いに北上し鰺ヶ沢に至る。ホテルは、そこから岩木山を少し登った夕陽の映える高原にあった。この日のハイライト白神山地は、そうしたルートの中間点にあたる。
 
 私たちは、日本海を左に見ながら五能線と並んで走った。変化に富む海岸線は、私たちの旅情をいやがうえにも盛り上げる。ふと頭をよぎる水森かおりご当地ソング五能線」も、車窓の情景に色を添える。

 初夏のいま、日本海の表情はいたって穏やかであった。しかし、冬はその様相を一変させるという。その厳しさは、街の佇まいからも窺い知ることができる。風合瀬(かそせ)、驫木(とどろき)などというユニークな地名も、そうした自然の厳しさから生みだされたものかもしれない。
 
 途中、深浦近辺では、密入国防止の立看板がいくつか見られた。なぜかすごく現実離れしたものに見えたが、対岸からの脱北者が漂着したというニュースに接してみると、やはり単なる標語ではなかったようだ。

 日本には、富士山という世界に誇る自然遺産がある。しかし、傷つけられ汚されて、世界自然遺産の登録などとても無理な相談だという。私たち日本人は、大変な恥を後世に遺してしまったようだ。
[2007年6月5日]

写真は、十二湖の一つ、鶏頭場の池