ジョロウグモ

[エッセイ 672]

ジョロウグモ

 

 もう2週間は経つだろう。大きなクモが、松と梅の枝の間に巣を張ってジッと獲物を待っている。雨の日も風の日も、もちろん晴れの日も。太陽がチリチリと肌を焼く昼間だろうが、グンと冷え込む夜間だろうが、とにかく一日中ジッとしている。こんな辛抱強い生き方がよくできるものだ・・。

 

 名前は何というクモだろう。子供のころ、よく捕まえて遊んだコガネグモに似ているようでもあるし、そうでないようにも思える。あのクモは、体型がもう少し丸みを帯びていたような気もする。あれと遊んだのは夏休みだったので、季節的にはかなりのズレがある。コガネグモは黄色と黒の縞模様だったが、いま頭上にいるクモはちょっと遠くてしかも逆光となるため色合いは識別しきれない。

 

 毎日眺めていると、そのクモに対する疑問が少しずつ膨らんできた。単に遠くから眺めているだけでなく、もう少し詳しいことも調べてみたくなった。とうとう、こちらがしびれを切らして、手元で直に観察することにした。普段庭掃除に使っている熊手を持ち出し、高所の巣からそのクモを地面にまで引き下ろしてきた。現物は、やっぱり図鑑にあった女郎蜘蛛と同じものだった。

 

 そういえば、昔のチャンバラ映画などには女郎蜘蛛と異名をとる女性がよく登場していた。たいていが男を食い物にする、美人ながらもたちの悪い女である。本物のクモの場合は、オスが交接目当てにメスに近づくと、経過はともかく結果はメスに喰われてしまうことが多いそうだ。なにしろ体長は、オスの6~13m/mに対し、メスは17~39m/mと3倍くらいはあるのだから。

 

 もっとも、オスは1回の交接で全精子を消耗し使い物にならなくなるそうだ。そこで、利口なオスはメスの脱皮直後などの機会をねらうそうだ。なんでも、このメスグモは一生に8回程度脱皮するそうだから・・。現実に、わが家に現れたクモも、同じ巣に小柄なオスの姿が一匹見られた。彼は元気なようなので、まだ願望を果たすまでには至っていないようだ。

 

 これらの、ジョロウクモを直に観察するのは初めてのことだ。わが家の周辺に現われたのが初めてのためではなかろうか。今年の夏が特別暑かったせいで、どこからか風に乗ってやってきたのかもしれない。それとも、ご近所の引越し荷物などに紛れ込んで新天地を求めてここにたどり着いたとも考えられる。

 

 本来、このクモはインド以東の東アジア全域に分布しているようで、日本では本州から沖縄本島まで広く生息しているという。変な名前の由来は、その色合いの艶やかさから、たまたま女郎あるいは大奥の上臈(じょうろう)をイメージさせたもので、特別われわれに害を及ぼすものではなさそうだ。この機会に、彼女たちの我慢強い生きざまにももっと注目してやっていいのではなかろうか。

                     (2023年11月12日 藤原吉弘)

写真2枚目

 上の小さい方がオス、中央の大きい方が主役のメス。