伏見稲荷大社

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f:id:yf-fujiwara:20211205161838j:plain[エッセイ 614]

伏見稲荷大社

 

 この伏見稲荷大社への訪問は、実は貴船神社の代りとして急遽取り上げられたものである。なんでも、貴船神社に向かう山道が、崖崩れで大型バスの通行が制限されているためだそうだ。ちょっぴり残念だが、この伏見稲荷大社にも大変興味を持っていたので、プラスマイナスゼロというところである。

 

 この伏見稲荷大社は、私たちが興味をもつまでもなく、初詣客の多さでは常に上位を占め、外国人客の多さでは群を抜いているそうだ。その一方、その存在に疑問を呈する向きもある。一例として、文学者の坂口安吾が書いた感想文を取り上げてみた。「伏見稲荷の俗悪極まる赤い鳥居の一里に余るトンネルを忘れることができない。見るからに醜悪で、てんで美しくないのだが、人の悲願と結びつくとき、まっとうに胸を打つものがあるのである。・・・」

 

 たしかに、そのあり方には賛否両論がありそうだ。手元のガイドブックには、このお稲荷さんのことは一言も触れられていない。添付の市内の観光地図でも、南側の掲載範囲は東福寺まで、その先にある稲荷大社は無視されたままである。私自身の“京都観光”という概念からも、ちょっぴり外れかかっている。それでも、できることなら訪れてみたいという気持ちになんら変りはない。

 

 ここに来るまで、この神社は相当な新参者ではないかと思っていた。ところが、創建は和銅4年・西暦711年で、1300年もの歴史を有している。建物も、1467年の応仁の乱で全焼はしたが、30年後の1499年には再建され、以来すでに500年余の歳月を重ねている。あの朱色の派手な佇まいから、つい軽薄なイメージさえ抱きがちだが、実は重厚な歴史の上に現在があることを思い知らされた。

 

 全国3万社の稲荷神社の総本山であるこの伏見稲荷大社は、東山の最南端に位置する稲荷山の麓に鎮座する。赤い大鳥居、きらびやかな楼門、その奥に鎮座する本殿、そして裏手に連なる千本鳥居はいずれも朱色に塗られている。その朱色の鳥居は、さらに稲荷山の頂上へと続き、全部で1万本にも達するという。そして、神の使いである狐たちは、銅像となって各所の警護に当たっている。

 

 コロナ禍の時節だが、人出は思ったよりずっと多い。なかでも、京都の観光地では定番になっている和服の若い娘さんたちが、境内を華やかに彩っている。奥社の脇に飾られた“おもかる石”には、修学旅行生たちが順番でその重さの体験に挑戦していた。消毒なしの素手で持ち回りしているのが気にはなったが、軽く感じられれば願い事は叶いやすく、重いと感じられればその逆になるという。

 

 この、稲荷大社全域を彩るあの朱は、魔力に抗し災厄を防ぐ色、そして豊穣を表わす色だそうだ。さらには、朱は生命の躍動を表わす色でもあるそうだ。今回の参拝を機に、朱色の御利益が家族みんなに広く及ぶことを期待したい。

                      (2021年12月5日 藤原吉弘)