工事の挨拶に来ました!

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[エッセイ 566]

工事の挨拶に来ました!

 

 昼下がりの、ちょうど団らんの時間帯だった。玄関のチャイムが鳴ったので、家内がインターホンに出ると、「近所の工事の挨拶に来ました」といっているという。家内からは、こんな格好では出たくないので、あなた玄関まで行ってちょうだいといわれた。実は、斜向かいと一軒おいた先の2軒で工事をしているので、また他の家でも始めるのか・・と思いながら玄関に出てみた。

 

 玄関先には、作業服の若者が立っていた。彼は、「この先の、渡辺さんのお宅で工事をしますので挨拶に来ました」と切り出した。「それはご苦労さまあ」と返すと、彼は名乗りもせずそのまま立ち去っていった。あれ?近所に渡辺さんというお宅はあったかなあと思いながら、自治会の名簿を点検してみた。町内に渡辺というお宅は一軒もなかった。なんだか怪しいなあ。家の様子を見に来たか、相手しだいではなにかを売りつけようとしていたのではなかろうか。

 

 この日は涼しかったので、そのことはすぐ忘れ、家内と二人で買い物がてら散歩に出かけることにした。買い物を済ませ、これでは未だ距離が足りないのでもう一回りしようと今度は反対方向に向かって歩き出した。途中でUターンしてわが家に戻りかけたところ、50メートルくらい先に例の若者を見かけた。ちょうど、あるお宅のインターホンを押しているところだった。

 

 奥様が出てきて、少し話をしているようだったが、やがて引き下がって通りに戻ってきた。ちょうど、われわれがそのお宅の前まで来たところだった。私は、彼の方に向かって歩を進めた。家内は、なにかを察したらしく「よしなさいよ」といったが、私は彼に「渡辺さんってどこの家?」と問いかけた。彼は「その先を左に入ったところです」と答えた。「そんなところはもちろん、町内に渡辺さんというお宅はないよ!」と切り返した。われわれはそのまま自宅に戻った。

 

 わが家と、あのお宅は200メートルくらい離れている。仮に渡辺さんというお宅があったとしても、そんな遠くにまで挨拶に行くわけがない。決定的に怪しいが、警察にいうほどでもなかろう。これは、とりあえず自治会の防犯担当に連絡しておこう。そう思って、例の自治会の名簿で役員の名前を探した。なんと、防犯部長は先ほど若者が訪ねていたあのお宅のご主人だった。

 

 電話してみたら、ご主人はちょうどお出かけ中だったが程なく連絡がついた。経緯を説明している内に、防犯についてすっかり意気投合してしまった。かねがね、お顔は見知っていたが話をしたのは初めてだった。

 

 実はつい一週間前、市役所の係を名乗る男から、「緑色の封筒を送ったが・・」という電話をもらい、警察に連絡したばかりだった。今度のあの若者は、そのあとどうしただろう。すぐ、危険を察してこの町内から立ち去ったか。あるいは、間抜けにも“工事の挨拶”を続けていたのだろうか。

                      (2020年9月18日 藤原吉弘)