フェード現象によるバスの事故

[エッセイ 642]

フェード現象によるバスの事故

 

 昨日、静岡県小山町の県道「ふじあざみライン」の下り坂で、観光バスが道路の左側のり面に乗り上げて横転する事故があった。乗客乗員36名のうち1名が死亡、残り35名全員がケガをして病院に運ばれたという。このバスは富士山周辺を巡る日帰りツアーで、午前7時半ごろ狭山市を出発し、富士山須走口5合目を訪れた後、昼食のため沼津に向かう途中だったそうだ。

 

 事故の原因は、フェード現象によるブレーキの不具合とみられている。運転手の、「ブレーキが利かなくなった」という証言から、関係者は一様にそう受け止めているようだ。しかし、まがりなりにもプロを自認する運転手がなぜそんなお粗末なことをしたのだろう。下り坂でフットブレーキを使いすぎれば、フェード現象が起こることは免許証を持っている人なら誰でも知っていることだ。

 

 長い下り坂では、フットブレーキは極力控え、主にエンジンブレーキを使うのが鉄則である。数カ月前に、芦ノ湖から西湘バイパスに向けて箱根新道を下ったことがある。結構混み合っていて、せいぜい40~50キロしか出せなかったが、前方各車のブレーキランプの点灯はカーブ以外ではほとんど見られなかった。いずれも、エンジンブレーキの使用をきちんと励行していた証拠である。

 

 ところで、長い下り坂でフットブレーキを使いすぎたためにおこる不具合は、フェード現象のほかにベーパーロック現象というのもあるようだ。フットブレーキの構造は、足で踏んだ力を油圧でブレーキパッドに伝え、その摩擦によって車輪の回転を制御するものである。こうした不具合を予防するために、長い下り坂では、主にエンジンブレーキを使うことになっている。

 

 そのフェード現象とは、フットブレーキの使いすぎによってブレーキパッドの摩擦面が高熱となり、その摩擦力が減るかまったく無くなってしまう現象である。一方、ベーパーロック現象とは、制御の力を伝える油がブレーキパッドの摩擦熱によって沸騰し気泡をつくる現象である。運転手が踏んだペダルの力は、気泡によって吸収・遮断されてしまい、ブレーキは効かなくしてしまう。

 

 こうしたフェード現象やベーパーロック現象は、長い下り坂でフットブレーキを使うかぎり避けて通れないものである。そこで、エンジンの力でブレーキをかけようというのがエンジンブレーキである。ギアを低速にして、加速しようとする車をエンジンの力で無理矢理ゆっくり走らせようとするわけである。

 

 ところで、あの箱根新道の下り坂には、「ブレーキ故障車待避所」というのが数カ所設置されている。制御不能になった車はそこに乗り上げて大事故を未然に防ごうというわけである。あのバス事故は、待避所の代わりに左ののり面に乗り上げて、事故の被害を最小限に留めようとしたのではなかろうか。

                     (2022年10月14日 藤原吉弘)