八重桜

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[エッセイ 588]

八重桜

 

 あんなに華やかだったソメイヨシノが、少しずつ葉桜に変わってきた。町内を流れる小川では、役目を終えた花びらが、何枚ものハナイカダとなってゆっくりと流されていく。頭上ではアメリハナミズキが咲き始め、足下では、ツツジやチューリップが早くも最盛期を迎えようとしている。

 

 こんな慌ただしい春は、史上初めてのようだ。だいたい、ソメイヨシノの開花が早すぎたのだ。本来なら、入学式に合せて咲く慣例になっているのに、暦を読み違えたのだろうか10日近くも繰り上がっている。それにつられるように、あらゆる花がこぞって咲き急いでいる。ソメイヨシノより1~2週間遅れて咲くはずの八重桜までが、すでに満開を迎えようとしている。

 

 その八重桜、フワッとした柔らかい感じの花の塊が、幾重にも重なって枝先を覆っている。あのピンクの房で、頬をそっと包んでみたい衝動にさえ駆られる。淡い緑色の新芽と対になって、柔らかさをいっそう際立たせているといえよう。ソメイヨシノの、純白の花につつまれた絢爛豪華な並木も見事だが、このような薄いピンクと暖かい緑色が重なり合った風景もそれに勝るとも劣らない。

 

 八重桜は、江戸後期に現われた新参者のソメイヨシノとちがい、平安の和歌にも登場するように遠い昔から日本にあった。名もない小山の雑木林に点在する山桜と、民家の側に咲く八重桜が引き立てあって、日本の春を明るく彩ってきた。そんな立ち位置から、山桜に対して里桜とも呼ばれている。さらには、その優美な姿から菊桜あるいは牡丹桜とも呼ばれ愛されてきた。

 

 その八重桜という呼び名は、花びらが5枚の一重咲きに対する多重咲きの総称である。そこで、花びらの数をもとに呼び分けてみると、次のような言い方になる。花びらが20枚までを半八重咲き、100枚までを八重咲き、そして、それ以上を菊咲きと呼ぶ。菊咲きには350枚に達するものもあるという。

 

 八重桜は、柔らかくふんわりとした雰囲気をもつが、その一輪一輪は大きく、知識を積み重ねてどっしりとしているようにも見える。そんな印象から、花言葉は、「豊かな教養」、「善良な教育」、「理知に富んだ教育」、など教育に関わるものが多い。その一方、「しとやか」といった外見をそのまま表現したものもある。

 

 八重桜は、花びらや葉っぱを食用として利用することもできる。それらを生のままいただくもよし、乾燥させたり塩漬けや砂糖漬けなどに加工したうえで一手間加えていただくもよしである。桜茶、桜湯、おすまし、酢の物、てんぷら、お菓子など、意外と利用範囲は広い。花びらのピンク、若葉の薄緑など、色合いがきわめて上品であることから、お祝いの席などで利用されることが多い。

 

 私たちの巣ごもり生活に、食の面からも彩りを添えてみてはどうだろう。

                       (2021年4月5日 藤原吉弘)