奥入瀬渓流

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[エッセイ 174](新作)
奥入瀬渓流(おいらせけいりゅう)
 
 私は、家族3人を乗せて、国道103号線をただひたすら北に向かって走りつづけていた。秋田県も北端に近いところである。あとの3人は、長距離ドライブの疲れもあってか、すっかり寝込んでいた。山道を登りきったと思った瞬間、突然眼下に真っ青な湖水が広がった。「みんな起きろ。十和田湖だぞ!」
 
 四半世紀以上も前、仙台在勤中の夏休みであった。濃紺のトヨタカリーナで、北東北2泊3日の旅に出た。前夜は岩手山の裏側、地熱発電で有名な松川温泉の国民宿舎に泊まった。この日は、八幡平を越えて十和田湖まで往復し、雫石の小岩井農場のそばにある国民休暇村に泊まる予定であった。

 十和田湖の乙女の像までたどり着いたとき、他の3人が元気なのとは対照的に私はひどく疲れていた。前夜、子供のトイレのことが気になってよく眠れなかったことと、慣れない長距離運転でかなり疲れていたためであろう。あと20分も走れば、楽しみにしている奥入瀬渓流まで行けるというのに、帰りの運転も気になってとうとうそこでUターンしてしまった。

 先月参加した北東北のツアー2日目の午後、私たちのバスは八甲田山を越えて奥入瀬渓流へと向かった。30年近くも前に積み残してしまった念願が、いまようやく実現しようとしている。
 
 その奥入瀬渓流が視界に入ってきた。切り立った、黒い岩肌の断崖が両側から迫る。岩のすき間から伸びるブナやカエデが、緑のトンネルをつくりだす。白い糸を引く小さな滝が、幾筋も木々をすかして見える。
 
 谷底には、大きさや形の異なる岩が無数に転がっている。朽ち果てた倒木がそこここに無造作に横たわる。岩や朽木は、緑の苔にびっしりと覆われている。わずかな木漏れ日と、奔流のしぶきによって作り出されたものであろう。
 
 流れのゆるやかなところでは、静かな水面に木々の緑が映り、木漏れ日が川底の苔を照らし出す。早瀬では、清流が激流となって岩を食みしぶきを飛ばす。ときに、淵に至って静かに淀む。
 
 奥入瀬渓流は、十和田湖から流れ出る唯一の川である。湖岸の子ノ口からいきなり始まり、焼山までの14キロにおよぶ。十和田湖は、いうまでもなく火山でできたカルデラ湖である。渓流の両岸に迫る断崖は、そのとき形成されたものだという。軽石や火山灰が高温の状態で堆積し、熱と自重によって生成された溶結凝灰岩だそうだ。

 奥入瀬渓流は、年間を通して流量がほぼ一定しているという。洪水も渇水もないそうだ。そのため、国道は水面のすぐ上を走り、遊歩道は流れのすぐ脇に設置されている。十和田湖の、大自然の懐の深さを実感せずにはいられない。
[2007年6月26日]