苔(コケ)

[エッセイ 654]

苔(コケ)

 

 いま、わが家の庭は新緑に輝いている。サツキ、キンモクセイ、そしてウメの類い。なかでも、キャラ木の新芽はひときわ新鮮な色合いを醸し出している。これらに囲まれて、紅一点、庭のアクセントになっているのがカエデの若葉がもつ深い赤色である。そして、つい見落としてしまいがちだが、足下に広がるコケの新芽も、これら木々の緑や深紅を引き立てる重要な役割を担っている。

 

 そのわが家のコケは、植木職人や住人の手で植えられたものではない。庭の環境が歳月を掛けて形成していったものである。早い話が、この庭が陽当たりを十分に得られていないための産物である。わが家の区画は、東側と北側は道路、南側は隣の敷地となっている。そのため、南側には隣家の建物が境界近くまで迫っており、太陽光が敷地の南隅まで届く時間は午後のいっときに限られている。

 

 わが家の敷地上のレイアウトは、北側に家屋と駐車場、開けてあるスペースの南側半分に植木、そしてそれと建物との間に芝生が張り詰められている。その庭にコケが生えだしたのはそれから1~2年経ったころからである。植木の下一面にゼニゴケのような平べったいコケが張り付き始めた。いやだなと思っているうちに、樹木の下は一面それで覆われてしまった。

 

 ところが、植栽から5年が経ったころからだろうか、ゼニゴケと思われる部分はスギゴケらしいものに占領され始めた。そして、とうとうゼニゴケ?部分は全面的にスギゴケ?に取って代わられてしまった。この間、およそ10年が経過していた。その頃を境に、芝生の部分にスギゴケ?に追われたゼニゴケ?が進出し、徐々に勢力を広げ始めた。ところが、ここでもスギゴケ?が勢いを強め、40年経った今では芝生広場の半分以上をスギゴケ?が占拠してしまった。

 

 こんなにもたくましいコケって一体何ものなんだろう。ものの本によると、苔(コケ)とは、根を持たず胞子で繁殖する“植物”だそうだ。大きく3種類に分けることができるという。蘚類(せんるい)、苔類(たいるい)、それにツノゴケ類である。全世界で18,000種、日本には1,700種が存在するそうだ。

 

 コケは、抗菌効果と消臭効果に優れているが、屋外では貯水能力や土石流防止効果、そして緑化にも大いに役立つといわれている。私たち人間への癒し効果もまた捨てたものではないようだ。京都の苔寺として名高い西芳寺青森県奥入瀬渓流などはまさにその代表例といえよう。一方、「苔むす」という言葉があるが、これは歳月の経過を情緒的に表現した言葉であるといえよう。

 

 わが家は、住人はもとより住居までもが、いつの間にか苔むす歳月を費やしてしまった。これからは、ひとさまの足手まといとならないよう、そしてその存在が少しでも癒しになるよう心がけたいと思っている。

                      (2023年4月12日 藤原吉弘)