掻い巻き

[エッセイ 652]

掻い巻き

 

 この冬の、始まりのころだった。夜寒くて熟睡できない日が続いた。朝方冷えてくると、肩の辺りから冷気が忍び込み、熟睡を妨げてしまうのだ。そうだ、掻い巻き(かいまき)を使えばいいや。まだ、押し入れの下の方にしまい込んだままになっているはずだ。ちょうど晴天続きだったので、天日によく干してその日からさっそく使うことにした。

 

 以来、少々寒くても熟睡できるようになった。トイレに2回は起きていたのが、1回ですむようになった。本当は、夜中に起きたくなどないが、老化が進みそんなこともいっていられなくなった。それでも、その回数が減っただけでもありがたいことである。昼間のあくびも確実に減ってきた。

 

 思い返してみると、子供のころは、掻い巻きはごく普通の夜着だった。かすかな記憶によると、毛布はあまり普及しておらず、掛け布団との間に入れる上掛けは掻い巻きだった。たしかに、毛布は「毛」を使うが、掻い巻きは綿入れなので「綿」で間に合うのだ。終戦前後の厳しい時代だったので、羊毛と綿とどちらが手に入りやすいかといえば自ずから答えは出てくる。

 

 世帯を持ってからは、公団住宅の4階に住むようになったので、夜着は比較的簡単なものでよかった。夏涼しく、冬温かかったおかげである。その生活が転機を迎えたのは、仙台に転勤になったときである。夏は涼しかったが、冬の寒さは厳しかった。郊外の安普請の一軒家だったので、朝方の冷気は容赦なく私たちを襲ってきた。そのとき復活したのが掻い巻きに頼る習慣である。

 

 ところでその掻い巻きは、いまの世間ではどのように見られているのだろう。掻い巻きとは、袖のついた着物状の寝具であり防寒具のことである。綿入れ半天の一種で、長着を大判にしたような形状をしている。首から肩を覆うので保温性に富む。東北地方などで主に冬使う。普通は、寝るとき上に掛けて使うが、帯を巻いて寝ることもある。・・といった説明がなされていた。

 

 市場ではどのように扱われているだろう。このところ、寝具売り場にはまったく足を向けていないので、ネットで調べてみた。あるある、いくらでもあった。だいたい1万円前後で売られていた。それでは、廃棄するときはどうすればいいのだろう。柏市役所の公示が目についた。「布団として扱う」と。

 

 その掻い巻きは、短歌などにも結構取り上げられている。祖母に抱かれている感覚になる。母の代わりになる。ゴミとして捨てることができない。・・なにかとても温かいフレーズばかりである。2月も終わりに近づいてくると、さすがに冷え込むことは少なくなった。それでも、もう少しの間、掻い巻きのあたたかさに包まれていたいと思っている。

                      (2023年2月26日 藤原吉弘)