ちくのう症

[エッセイ 651]

ちくのう症

 

 首相が慢性副鼻腔炎の手術を受け、元気に退院されたという。副鼻腔炎?ひょっとして、ちくのう症(蓄膿症)のことではなかろうか。なにかとても身近に感じたので、とっさにそう思った。早速、自宅の医学事典を持ち出して調べてみた。やっぱりそうだった。なにしろ、若いころに三度も罹かり、さんざんな目に遭った病気である。半世紀以上たっても、あの苦しさは明確に覚えている。

 

 最初は、高校二年生のときだった。鼻づまりが続き、そのうちいやな臭いがするようになってきた。一つ年上の幼なじみの友達に聞いてみたら、まったく同じ症状だった。彼は、数カ月前に蓄膿症を患い、隣村の耳鼻科で治療してもらったばかりだったのだ。その治療の状況についても、ちくいち聞いていたのでよく分かっていた。早速、学校の帰りにその耳鼻科に駆け込んだ。

 

 医師は、細いパイプのついた洗浄器を手にしていた。パイプの先端は注射針のように斜めに尖っていた。医師は、それを鼻孔に入れると、それを差し込む場所を探っていた。そして、ここだとわかると、力を入れて一気に隔壁に差し込んだ。イタイッ!と叫ぶ間もなく、針は隔壁を突き抜け、反対側の空洞に届いた。いやな臭いの腐敗した液体が、顔前の受け皿に流れ出してきた。空洞内を洗浄し、仕上げにペニシリン液を吹き込んでこの日の治療は終わった。

 

 数回通ったところで、病は完治した。いやな臭いはなくなり、鼻の通りもよくなった。しかし、勉強のしすぎだった?のだろうか、また一年後に再発した。それでも、すぐに治療したお陰でその時も無事完治した。三度目にそれにかかったのは、進学のために上京したあとだった。同じ治療方法だったが、東京のお医者さんは、きちんと局部麻酔をしてから治療に当たってくれた。

 

 以来六十有余年、幸いなことに蓄膿症とは縁が切れたままである。ところで、その蓄膿症、正式には副鼻腔炎というそうだが、一体どのような病気なのだろう。その名前のとおり、鼻の周りにある副鼻腔と呼ばれる空洞部分が、ウイルスや細菌によって炎症を起こすのだそうだ。慢性になると、中に溜まった膿が排泄できなくなり、炎症が悪化して悪循環に陥るそうだ。

 

 ところで、鼻のまわりには、副鼻腔と呼ばれる空洞が四つあるそうだ。全部合せると鼻腔の三倍にもなるという。これらは、頭蓋骨の形と強度を維持しつつ、さらには頭部の重さを体重の一割以内に抑えるためだそうだ。さらには、これらの空洞によって空気を循環させ、頭部を冷却するためでもあるそうだ。

 

 ただの隙間かと思ったら、大切な役割を担っていることがよくわかった。体じゅう、上から下までメンテしなければならないところばかりだが、鼻腔も副鼻腔も、これからも清潔に維持していきたいと心を新たにしているところである。

                      (2023年2月14日 藤原吉弘)