[エッセイ 531]
返還前の香港旅行②
香港3日目のこの日、ガイドが観光スポットを案内してくれることになった。さいわい、空はきれいに晴れ上がっていた。
車は香港島の外海側に向けて南下していった。島を横断するトンネルを抜けた先は、自然に満ちた別世界だった。ところどころに別荘やマンションが見える。「あれは、テレサ・テンが生前住んでいたマンションだ」とも聞かされた。建物の上部は、NECの本社ビルのような風穴が明けてあった。風水の“気”の通り道に当たるためだそうだ。さっそく、文化の違いを実感させられた。
右下は浅水湾につながる白い砂浜、昔、有名な映画のロケに使われたとか。着いたところは、海岸にあるお寺、その名も由来も聞きはぐれたが、なんともきらびやかな場所だった。海にせり出した堤の上には弁天様のようなきんきらきんの像まで建てられていた。今回、あらためて調べてみたら、映画は「慕情」、お寺の名前は「天后(ティンハウ)廟」、堤の像は「寿賜母王像」とわかった。
帰途は、坂道を上ってビクトリアピークへと向かった。天気がよく素晴らしい眺めだった。眼下に林立する香港島の摩天楼、ビクトリア湾を挟んで九龍半島の市街地も手に取るように望める。ただ、むかし見た「慕情」に出てきた風景とはかなり違っているような気がする。白黒映画だったためか、もっと素朴な感じだったように思う。1955年公開というから、さらに40年も前の風景である。
中心街、中環(セントラル)に戻るにつれて、超高層ビルの威容に圧倒されっぱなしになった。その一方、今でも竹でやぐらを組んで外装工事をやっているのには驚かされた。立派なビルの隣には掘立小屋がある。貧富の差が大きそうだということは容易に想像がつく。そういえば、香港には電柱が一本も見当たらない。街の景観を大切にする英国のゆとりと偉大さを垣間見た思いがする。
この日の夕食は、水上レストランでいただくことにした。再び香港島の南側に行き、無料の連絡船で水上レストランへと向かった。巨大な浮き桟橋の上に派手な電飾をきらめかして、珍宝、皇宮そして太白という大きなレストランが3軒並んで鎮座していた。魚介類を中心とした海鮮料理だったが、味はともかく、話の種には十分すぎるほどなった。
5日目の帰国の日、ホテルを出発するのはお昼近くなので、周辺を散策することにした。なんだ、早く来ればよかった、こんな素晴らしいところがあったではないか。船着き場の左手、海のそばの公園は、ビクトリア湾を挟んで対岸に香港島のビル街が広がる。周囲に人影はまばらで静かである。ビクトリアピークに勝るとも劣らない絶景である。うっかり見逃すところだった。
返還後にもう一度同じ場所に立つことができたが、この景色、私の目にはいっそう感動的に写った。
注)写真はJTBのガイドブックから引用
(2019年10月11日 藤原吉弘)