柿の葉寿司

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[エッセイ 490]
柿の葉寿司

 町内の友人から、奈良・吉野のお土産として柿の葉寿司をいただいた。載せられていた魚は、熊野灘で獲れたという鯖だった。脂がのっており、こくとうまみに満ちあふれていた。こんなに美味しかった?とあらためて目を見張った。

 柿の葉寿司と出会ったのは、もう何十年も前のことである。大阪に出張して、帰りが夕方を過ぎると、夕食は新大阪駅で買った幕の内弁当になった。ところが、遅くなりすぎると、売り切れていることも多かった。そんなとき、売店に残っていたのが柿の葉寿司である。

 その頃の、私の柿の葉寿司に対する印象は、なんでわざわざ柿の葉なんぞで包んであるのだろうくらいにしか思わなかった。ビールのつまみにはなっても、食事をしたという満足感にはほど遠かった。そんなことが何度かあった。

 そのうち、柿の葉寿司というのは奈良県の名物だと知った。食べてみるとなかなか乙なものだということも分かった。だいたい、幕の内弁当の代用品ではない、もっと高尚なものだ、ということも十分理解するようになった。

 9年前、紅葉見物のツアーに参加した。愛知から京都、奈良と回り桜井市長谷寺でお昼になった。その門前町でいただいた昼食は、自ら望んで柿の葉寿司定食にした。さらにその4年後、一泊で吉野山のさくら見物に出かけた。昼下がり、帰りの近鉄特急でいただいたのはもちろん柿の葉寿司弁当だった。

 その柿の葉寿司をネットで検索してみた。「デジタル大辞泉」には、軽く握ったすし飯に塩さばのうす切りをのせ、柿の葉に包んで押したもの。奈良県吉野地方の郷土料理、とあった。そして、「日本の郷土料理がわかる辞典」では、奈良、和歌山の郷土料理で押しずしの一種、塩や酢で締めたさばなどをそぎ切りにして一口大のすし飯の上にのせ、柿の葉で包み重しをする。一昼夜ほどおいて食べる、と解説されていた。

 この食べ物は、江戸時代に紀ノ川の上流あたりで生まれた郷土料理だそうだ。魚は熊野灘で捕れた鯖が元だという。生魚を長持ちさせるために塩をきかせているが、それが山を越えて運ばれてくるうちに手頃な塩加減になった。さらには、飯の乳酸発酵が進み、なれ寿司のようなこくのある味になったようだ。

 柿の葉を使うのは食品の伝統的な保存技術のようだ。風味をよくし、殺菌作用があるという。いまでは、鯖の他に鮭や小鯛などいろいろな魚が使われるようになった。しかし、やはりあの脂ののった鯖にはかなわないのではなかろうか。

 海から離れたところの食文化には、塩のきき加減など、落語の“目黒のサンマ”に通じるものがあって新たな興味も湧いてくる。新幹線に乗っていて、ふとあの鯖の味を思い出したら、また新大阪で途中下車してみるつもりである。
[2018年7月22日]