銀歯

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[エッセイ 259](新作)
銀歯

 朝食の最中、前歯に違和感を覚えた。また、義歯を固定しているブリッジの接着が剥がれかかっているようだ。さっそくいつもの歯科医に見てもらうことにした。前回から半年が経ち、ぼつぼつ歯石もたまっているころなのでちょうどいい機会かもしれない。

 歯科医は歯を一本一本丹念にチェックしてくれた。虫歯予備軍も散見されるという。ところで、肝心の義歯の違和感であるが、接着剤はまだしっかりしておりぐらつきもないそうだ。接着しなおすこともできなくはないが、無理に剥がすと新たな問題が出てくるかもしれないという。

 それより、一本おいた隣の銀歯の方が心配だそうだ。歯茎との間に隙間ができており、そこが虫歯になる恐れがあるという。歯科医がその銀歯に触ったとたん、ポロッととれてしまった。とっくに手遅れになっていたのだ。なんと、かぶせてあった銀歯の中身はすっかり腐り、両脇の健康な歯にぶら下がっていただけなのだ。違和感を覚えたのは義歯ではなく二つ隣の銀歯だった。

 まだ中学生だったころ、糸切り歯の虫歯がひどくなり、詰め物では間に合わなくなってそれに銀歯をかぶせた。それから何十年かが経ち、歯茎が痩せて隙間が出てきたので、途中で一度かぶせなおした。あれからもう半世紀以上にもなるので、土台が腐ってくるのも当り前かもしれない。

 見ると、その歯はすっかり無くなっていたが、歯根だけはわずかに残っているようにみえた。歯科医は、できればその根っこは生かしたいね。抜いてしまったら二度と生えてこないのだから。ダメでもともとだから、やれるだけのことはやってみましょうといってくれた。

 レントゲンでしっかりとチェックし、その可能性を確認したうえで治療にかかった。わずかに残った歯根を慎重にくり抜いていく。どうやら、インプラントのようなリスクや高額費用を伴う治療は必要なさそうだ。土台となるボルトをそこに差し込み接着した。接着剤が実用強度に達するまで一週間ほど待った方がいいという。次の週、その土台のボルトにかぶせる銀歯の型をとった。

 私は、新しくかぶせる歯は見栄えのいい白いセラミックにしたいと考えていた。しかし、歯科医は、金属製の銀歯の方が丈夫だし、費用の負担も軽くてすむと勧めてくれた。さいわい、私には金属アレルギーはないようだ。半世紀以上もそこに銀色の歯があったのだから、いまさら変える理由も見当たらない。

 一週間後、何事もなかったかのように元の位置に銀歯が収まった。以前より形もおさまり具合もずっといい。これからも、その歯科医の技術と仁の心を信じていくつもりである。
(2009年10月12日)