[エッセイ 203](新作)
歯のなやみ
もう20年以上も前になる。リンゴをかじると歯茎から出血するようになった。歯茎に触ると少しぶよぶよしている。押えると痛みも感じる。総入れ歯になった夢を見て、汗をびっしょりかいたこともある。
歯医者に訴えたが、歯石の除去だけでそれ以上の治療は相談にすら乗ってくれなかった。口腔外科医もいたはずなのに、歯科医の大部分が高額な保険外診療にうつつを抜かし、社会問題にすらなろうとしているときであった。
会社の帰途、近所の薬局に寄ってみた。意外にも、歯茎のための歯磨きはたくさんあった。その日から、薬用歯磨きによる朝晩5分ずつのマッサージが始まった。少しよくなったかなと思っていると、また痛み出し出血もしてくる。
少し改善、また悪化。そんな繰り返しが2、3週間サイクルで繰り返された。本当によくなるのだろうか。1年が経ち、2年が過ぎた。治療効果はほとんど実感できなかった。根気との戦いであった。三歩前進、二歩後退を繰り返し、それでも着実に前進していった。10年が、そしていつのまにか15年も過ぎていた。気がつくと、ブヨブヨや出血はおさまり、痛みも感じなくなっていた。
歯茎は、キュッと締まってしっかりとしてきた。しかし、その痩せた状態が元に戻ることはなかった。加齢とともに前歯2本がぐらつきはじめた。3年位前だったろうか、そのグラグラはとうとう限界に達した。
程度の軽いほうの歯は、両側の健康な歯に接着剤で固定してもらった。もう一方の歯は、とうとう部分入れ歯にされてしまった。金具のついた人工の歯を両側の歯に引っかける、あのブリッジと呼ばれる方法である。
これで、少々硬めのものでも前歯で噛み切ることができるようになった。しかし、見栄えはあまりよくない。両側の歯の付け根には金具が光っている。夜寝るときは、それを外して洗浄液に浸けておかなければならない。
1年前の定期健診のとき、その歯科医から金具をやめて接着剤で固定してあげるといわれた。なるほど、歯並びもきれいになった。噛む力も一段と強くなった。就寝時の洗浄も必要なくなった。なんで最初からこれにしてくれなかったのだろう。それにしても、食事がいっそう楽しくなったことは間違いない。
それから4ヶ月が経ったころ、夕食時にその歯がポロッととれてしまった。そんなことが1年に2回続いた。まだ完成された技術ではないといっていたが、まだまだ問題は多そうだ。しかしそれを差し引いても、ブリッジよりはるかにましである。当分は消耗品と割り切り、技術の完成に期待することにした。
それにしても、若い時分から総入れ歯になっていた母の代からみれば、歯茎もずいぶん長持ちするようになったものではある。
(2008年4月5日)