亥の子(いのこ)

[エッセイ 108]
亥の子(いのこ)

 “Trick or treat! (お菓子をくれないといたずらするよ!)”。仮装した子供たちが、こう叫んで家々を訪ねる。応対に出たその家の主人は、 ”Happy Halloween (ハロウィン。おめでとう)”と応じて、用意してあったお菓子をプレゼントする。海の向こうでは、10月31日の夜を万聖節(Hallowmas, All Saint’s Day)の前夜祭、いわゆるハロウィンとして賑やかにお祝いする。

 わが故郷の周防大島では、旧暦10月の亥の日に「亥の子」の行事が行われる。今年は、11月11日(旧暦10月10日)と11月23日(旧暦10月22日)がその日にあたる。亥の子は、部落毎、50戸前後の自治会単位に分かれて催される。子供たちが、亥の子石のまわりに円陣を組み、唄にあわせてよいとまけの要領で各家の庭先の地面をついてまわる。石は、カーリングのストーンあるいは漬物石を一回りも二回りも大きくしたような丸い御影石で、そのまわりに縄が10本くらい結び付けられている。

 石でつくのは、猪が牙で畑を荒らさないように、おまじないとして地面をつき固めるのだという。子供のころ、長老からそんな話を聞いたことがある。子供たちの集団は、亥の子の唄を歌う子供、七夕とまったく同じ笹竹を持つ子供、それに円陣を組んで石をつくその他大勢の子供たちで構成されていた。石をつきおわると、その家からなにがしかのご祝儀がもらえた。いまの貨幣価値で50円か100円くらいであったと思う。後日、そのお金でノートやエンピツを買い、試胆会(胆だめし大会)の景品にあてた。

 亥の子とは、旧暦10月の亥の日に、近畿、中国、四国の農村部で広く行われている刈り上げ祝いの行事である。猪の多産にあやかり、また、万病を払うまじないとして亥の子餅を食べ、子供たちは家々の庭先を石やわら束でついて回わる。石でつくのは、主に瀬戸内海沿岸地方のそれも西の方である。その他の地方では、主にわらの束で地面をついているようである。いずれも、亥の子の神の霊力によって、土の中に潜んでいる害虫など邪悪なものを追い払い、豊穣を期すのである。亥の子に対応する東日本の行事としては、関東、中部地方で旧暦10月10日に催される十日夜(とうかんや)というのが広く知られている。

 こうした伝統行事、その準備段階から後片付けまで、そして唄までも、子供たちだけの重要な行事として脈々と受け継がれてきた。その過程で、子供たちは伝統の重みと社会生活の仕組みやルールまで実践的に学び取ることができた。いま、過疎と少子化によってその仕組みが根底から崩れようとしている。

 対岸の、カボチャのお化けにうつつを抜かしている場合ではなかろう。いまこそ大人たちは、子供の伝統的な行事の再興にむけて立ち上がるときである。
(2005年11月2日)