アサガオ

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[エッセイ 469]
アサガオ

 浴衣、打ち水朝顔と並べれば、日本の夏を代表する情緒的な風景の一つとなる。そのアサガオは、自分で種を撒くことから始めるもよし、買ってきた苗を、手間をかけて育てるのもまた楽しみである。もしそれらが面倒なら、立派な鉢植えを朝顔市で手に入れてくることもできる。

 その朝顔市として有名なのが、江戸後期に起源を持つという東京・入谷の朝顔市である。7月七夕のころの3日間、入谷鬼子母神の境内と参道に100店前後の屋台が並ぶ。10万鉢を超えるアサガオが並べられ、賑やかに客を呼び込む。行灯仕立てを中心に、一鉢800円から2000円くらいの値がつけられている。この3日間の人出は、20万人とも30万人に達するともいわれている。

 アサガオの原産地は熱帯アジアだそうだ。アサガオが、中国を経て日本に入ってきたのは、奈良時代とも平安時代だったともいわれている。万葉集にはすでにそれが登場しているが、もし平安時代に入ってきたものだとすれば、それらの花はキキョウまたはムクゲを指していたのではないかとみられている。

 アサガオヒルガオ科に属し、サツマイモにもっとも近い仲間だそうだ。朝顔と呼ばれていることから朝いきなり咲くのかと思ったら、日没10時間後に開花を始め、朝になったとき開花しきった状態になるという。アサガオを立派に育てるには水やりと摘心が肝心だそうだ。摘心とは中心の芽を摘み取ることで、これによって脇芽が増える。脇芽が多いほどツルや花の数が多くなるという。

 ところで、古代中国では、アサガオはその種が下剤や利尿剤のもとになる貴重な植物で、牛と取引されるほど高価だったという。そこで、アサガオのことを牽牛にちなんで「牽牛子」(けんごし)と呼んでいたそうだ。一方の日本では、それが変化して「牽牛花」(けんぎゅうか)と呼ばれていた。ところが、アサガオはその姿形が男性の牽牛より女性の織姫をイメージすることから、江戸時代あたりから牽牛花転じて「朝顔姫」と呼ばれるようになったという。

 彦星と織姫星は、年に一度、七夕の夜にだけ会うことができる。同じころ花を咲かせるアサガオは、その幸運が具現化された縁起の良い花として、庶民の間でもてはやされるようになった。そんな風潮を反映してだろうか、鉢植えのアサガオが牛の引く荷車に乗せられて売り歩かれるようになった。その風景は、さわやかな花色のアサガオとともに、夏の街の風物詩となった。

 「朝顔につるべ取られてもらい水」という加賀千代女(かがのちよじょ・1703~1775)の俳句は、アサガオに対する日本人の優しい心情を見事に言い現わしている。朝夕の水やりは想像以上に大変だが、これからも、夏の風物詩として、アサガオを優しく見守っていきたいものだ。
(2017年8月3日)