花見山公園

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[エッセイ 461]
花見山公園

 中国、晋の時代・太元年間(376~396年)のこと。武陵(湖南省)の漁師が魚を追って川を溯っているうちに、渓谷の奥深くにまで入り込んでしまった。その先で流れは途絶え、桃の花に覆われた小山が見えてきた。その麓には、人一人やっと入れるくらいの小さな洞穴があった。奥は開けており、そこを通り抜けると目の前にはまったく別の世界が現れた。世に言う桃源郷であった。

 いまの日本に桃源郷があるとすれば、福島市郊外の花卉農家が集まる渡利地区がそれに当るのではなかろうか。写真家の秋山庄太郎氏は、この地区の魅力に惹かれて通い詰める一方、「福島に桃源郷あり」と広く世間に紹介した。また、地主の阿部伊勢次郎さんも、「こんなきれいに咲いた花を自分たちだけで楽しむのはもったいない。見たいといってくださる方と一緒に楽しむのも良いのではないか」と、一般に無料解放することにした。1959年4月のことである。

 この、現代の桃源郷ともいうべき花見山公園は、私有地でありながら「公園」と名付けられ、代替わりした花卉農家・阿部一郎さんのご家族によっていまも大切にまもられている。植えられている花木は、トウカイザクラ、ウメ、モモ、ソメイヨシノレンギョウ、サンシュウ、モクレンロウバイ、ツバキなど多種類にわたる。解放されている阿部さんの農地だけでも5ヘクタールに上るというが、周辺の農園も加えると集落全体が広大な花畑でありまさに桃源郷である。

 ウォーキング型花見といわれるこの公園の見物コースは、30分コース、45分コース、そして60分コースの3種類が設定されている。体力に応じて場所を変え、角度をかえていろいろな花をゆっくりと楽しむよう工夫されている。入場料はもちろん無料であるが、来場者にゆっくり安全に楽しんでもらうために、多くのボランティアも動員されている。また、トイレや歩道あるいは手すりなどの整備にもお金が必要である。そのため、なにがしかの協力金が求められている。

 それにしても、阿部さんのご自宅の前を大勢の人がぞろぞろと歩いて行く。家の中を覗き込む人さえいる。シーズンになると、阿部さん宅のプライバシーはまったく無視されてしまったのも同然である。農作業の邪魔にもなるはずである。人のため社会のためとはいえ、よくぞ我慢してくださっていると思う。

 中国の、あの桃源郷の人達の話によると、自分たちの祖先は秦の時代(紀元前221~前206年)、乱世から逃避するため、妻子や同じ村の人々とともにこの隔絶された土地にやってきたのだという。以降500年以上もの間、外世界との交流を絶って平和な理想郷を築いてきた。緑ゆたかな肥沃な大地。花咲き鳥がさえずる。そこは、争いや搾取のまったくない理想的な平和社会であった。いつの日か、このような桃源郷が、日本にも本当に現れてくるかもしれない。
(2017年4月24日)