アシダカグモ

イメージ 1

[エッセイ 421]
アシダカグモ

 台所の壁の高いところに、茶褐色の大きなクモが“大の字”にへばりついていた。わが家には、彼らの餌になるようなゴキブリはいないし、クモが入り込む隙間もないはずなのに、いったいどうして侵入してきたのだろう。

 子供のころ、あのクモは実家でよく見かけた。多少気味は悪いが特に気にすることもなかった。たしかに、壁や天井はすすけており、おまけに梁などがむき出しになっているところもあったので、彼らが目立たなかったことも事実である。屋内のあちこちに、彼らの抜け殻が散らばっていた記憶もある。

 いまのわが家は、壁や天井はすべて白っぽいクロス張りで、食器戸棚以外彼らが隠れるところはない。人間に悪さをするわけではなく、どちらかといえば益虫といわれていたのでしばらくは放っておくことにした。しかし、高いところから見つめられているようで、その目線がなんとなく気になりだした。

 結局、彼にはわが家から退散してもらうことにした。殺さないで、うまく追い出す方法はないだろうか。そこで思いついたのが虫取り網である。長男が子供のころ遊びに使っていたもので、永い間物置にほったらかしになっていた。

 クモは簡単に網に入った。そのまま庭に持ちだし、網の口を広げて木にぶら下げておいた。クモは自分の意思で簡単に逃げ出せるはずだが、小さく丸まったままいつまでたっても動き出そうとしない。よほど怖かったのだろう。仕方なく、網の底をつついて強制的に追い出してやった。

 この機会にアシダカグモについて少し勉強してみた。やはり彼らは言い伝え通りだった。このクモが2~3匹いるだけで、その家に住むゴキブリは半年で全滅するそうだ。網は張らず、歩きまわって獲物を捉える。捉えたゴキブリを食べていても、他のゴキブリが目につくとそれを置いて新たな獲物に向かっていく。まさに彼らは最強のゴキブリハンターなのだ。

 このクモは外来種で、17世紀に長崎から荷物と一緒に上陸したらしい。大人になると全長10~13センチになる。雌の方が大きく、雄はそれより一回り小さい。主食はゴキブリ。走るのは早いが、大変臆病である。ただ、窮地に陥ると人にかみつくこともあるので、手出しはしない方がよさそうだ。

 このクモは、屋内に棲む害虫を食べつくしてくれるので人間にとっては“益虫”である。一方、彼らが屋内を徘徊していると、たいていの人は気味悪がる。そういう意味では“不快害虫”ということもできる。ただ、不快だからといってクモを追い出せば、結果としてゴキブリを招き入れることになる。

 わが家では、新築以来ゴキブリを見かけたことはないが、侵入される隙間はどこにでもある。やはり、クモを追い出したのは早計だったかもしれない。
(2015年6月18日)