樹氷

イメージ 1

イメージ 2

[エッセイ 274](新作)
樹氷

 遠くに望む山々は、頂上付近が白く輝いていた。平地はみぞれだったのに、山にはあんなにもたくさんの雪が降ったのだろうか。あのあたりは頂上まで森に覆われているので、積もっても全山が真っ白く見えることはないはずだ。枝に付着した雪が、そのまま凍りついてしまったのかもしれない。

 国道135号線から大室山の裾を抜けて、伊豆スカイラインの終点を目指して登って行った。われらのホテルは、そこからさらに数キロ先の一番高いところにある。除雪はきれいにされていたが、道の両側には残雪が積み上げられていた。さらに進むと、両側の木々は花が咲いたような光景に変わった。

 例年この時期になると、幕山公園の観梅をかねて伊豆方面に出かけることにしている。しかし、今年は天候が不順なので、わざわざ時間を取るほどのこともないと考えていた。そんな折、週間天気予報を見ていたら、次の月・火曜日は比較的天気がよさそうだということがわかった。一方、幕山の開花情報は、まだ十分すぎるほど間に合うと伝えていた。そのとき、銀行から届いたPR誌に、有名ホテルの特別キャンペーンの記事が載っているのを思い出した。

 海抜900メートルはあるというそのホテルの周辺は雪に覆われ、周りの木々には氷の花が咲き乱れていた。係の人の話によると、2年に一度くらい現れる現象だという。そういえば、この木に着いた氷は樹氷というのだろうか、あるいは霧氷といった方が当たっているのだろうか。その形からは、雪が凍りついたものではなく、周りの水分を引き寄せて凍りついたように見える。

 自宅に帰っていつもの広辞林を引いてみた。「『樹氷とは』、氷点以下に冷却した濃霧が樹枝その他の地物に凝結して氷層をなし、これをおおったもの。樹木に凝結して白くおおったものは、花が咲いたように美しい」。「『霧氷とは』、霧が地上の樹枝などに付着して生ずる、白色不透明の氷の層」とあった。

 ホテルの庭で見とれていた氷の花は、風上に向かって伸びていた。あれは、まぎれもなく霧氷であり、樹木に咲いた樹氷である。朝、ホテルは濃い霧に包まれていた。太陽は遮られ気温も低かったので、吹きつけられる霧によって樹氷は夜のうちにさらに大きく成長していた。自然の造形は、モノクロの世界にもかかわらず多様な色で満ち溢れ、私たちの心を引き付けて離さなかった。

 清算をすませて外に出ると、駐車場はもとよりきのう登ってきた県道も霧と雪で覆い尽くされていた。チェーンは積んではあるが、吹雪の中での作業にはあまり気が進まなかった。ギヤを最低速に固定し、白くぼやけた路面をゆるゆると下っていった。枯れ枝を飾る氷の花と、眩しく輝く白銀の陰では、スリルと恐怖の世界が牙をむいて待っているようだ。
(2010年3月11日)