台風

イメージ 1

[エッセイ 32](既発表 6年前の作品)
台風

 報道によると、大型ハリケーン「イザベル」は、18日午後からワシントンをほぼ直撃、19日未明には首都の西側を通過してカナダに向かった。テレビは、ワシントンの大規模停電や水害の様子、そして街路樹が無残に倒れているところを映し出していた。新聞は、死者23人、停電600万戸、政府機関は18、19日の2日間閉鎖と伝えていた。

 こちらでは、超大型といわれた台風14号が沖縄経由で韓国を襲い、多くの被害をもたらした。次の15号はいま、沖縄経由で本州の太平洋岸を狙っている。頭を低くして嵐の通り過ぎるのを待つ、などとよく言われるが、台風については日本をそれてくれることをひたすら祈る以外手の打ちようがない。
 
 台風といえば子供のころの印象が強く残っている。あのころ、わが故郷はよく台風に狙われた。台風の予報が出ると、雨戸を×印に板で固定し強風に備える。それでも、瓦が飛ばされるなど家のあちこちがかなりの被害を受けた。せっかく稔った稲はきれいになぎ倒され、みかんは青いうちに落とされてしまった。

 台風襲来と満潮の時刻が重なると、高潮の被害にも悩まされることになった。床下までの浸水ではあるが、膨らんだ潮はあらゆるものを飲み込み、旧式のトイレとも一体となった。薄暗い土間には、履物はもとより得たいの知れないものまでがプカプカと浮いていた。
 
 もう10年以上も前になるだろうか、この時期に沖縄に出張する機会があった。羽田を出るときから台風情報は急を告げていたが、なんとか那覇にたどり着いた。「台風一過」という言葉があるが、それは本土のことで沖縄付近を通過中の台風は何日も居座ることがある。

 翌々日帰京する予定が、飛行機は欠航したまま、ホテルは満杯。気分転換にと市内のすし屋に出かけてみたら、ネタが本土から届かないために巻物しかできないという。現地に着きさえすればこっちのものと思っていたのが大きな間違いであった。やっと飛ぶようになった全日空の空席待ちで丸一日を費やしたが、結局空港で一夜を明かす羽目になった。
 
 赤道付近の太平洋上で生まれる台風は、この季節気流に乗っていくつかが日本にやってくる。それにしても、台風ってどうしてこうも悪役を演じたがるのだろう。一時期、原爆か何かで粉々に壊してしまうことはできないかと真剣に議論されたことがあったという。唯一歓迎されるのは、真夏の日照りでからからに干からびた日本列島に、「干天の慈雨」をもたらすことぐらいだろうか。それにしても、一回の量が多すぎる。
 
 いくつかに小分けにされたかわいい台風なら、運んでくる雨もまさに慈雨となってもっと歓迎されるはずなのに。
(2003年9月20日)