風と酔芙蓉

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[エッセイ 256](新作)
風と酔芙蓉

 日本では、立春から数えて210日目を、とくに二百十日とよんでいる。台風襲来の確率が最も高い日とされ、それへの備えと注意を促すためだといわれている。その暴風を鎮め、五穀豊穣を祈るためのお祭りがある。富山市八尾(やつお)町に、300年間も受け継がれてきた「おわら風の盆」である。

 越中おわら節に乗って、9月初頭の3日3晩を踊り明かす。胡弓と三味線で奏でられるその曲には、去りゆく夏を惜しむような哀調をおびたひびきがある。菅笠で顔を隠すように無言のまま踊り続けるその姿は優雅そのものである。

 そのおわら風の盆と八尾を舞台にした小説が、高橋治の「風の盆恋歌」である。かつて、心を通わせあっていた都築克亮と中出えり子は、20年の時を経てパリで再会する。風の盆の日、八尾に用意した一軒家で2人は人目を忍びながら3日間を過ごす。再会を約した2人は、翌年も同じとき、同じところで同じように忍びあう。そして、3年目に悲しい結末がやってくる・・。

 作者の高橋治と親交のあったなかにし礼が、その小説を題材に歌を書いた。石川さゆりの同名の歌である。♪蚊帳の中から 花を見る 咲いてはかない 酔芙蓉 若い日の美しい 私を抱いてほしかった しのび逢う恋 風の恋♪。この小説や歌では、酔芙蓉が重要な小道具として花を添えている。

 芙蓉といえば、近所のお宅の庭に立派な芙蓉が咲いている。夕方の散歩の時、毎日のようにピンクの花に見とれながらそのそばを通る。先月末、選挙のため午前中の早い時間にそこを通りかかった。白い花が見事に咲き誇っていた。アレッ、この花は白だったっけ?白い花の脇にはピンクのしぼんだ花がまだ残っていた。そうか、これは酔芙蓉だったのだ。

 その酔芙蓉は、木芙蓉が園芸用に改良されたものである。芙蓉に、わざわざ木をつけて呼ぶこともないが、中国では芙蓉といえば蓮のイメージの方が強いという。そこで、低木のフヨウは木芙蓉、ハスの方は水芙蓉と呼び分けるのが妥当なようだ。日本では、富士山の別称を(山)芙蓉ということもある。
 
 芙蓉はアオイ科フヨウ属で、タチアオイムクゲあるいはハイビスカスの仲間である。原産地は日本を含む東アジア一帯である。園芸種の酔芙蓉は八重咲きの一日花である。朝白い花を開き、昼ごろになると薄いピンクに、夕方には赤く染まる。お酒に酔っていくように見えることから酔芙蓉と名付けられた。

 酔芙蓉の花言葉は、しとやかな美人、妖艶、繊細な美、熱い思いなどである。中国では、お酒によって頬を染める楊貴妃に例えられることもあるそうだ。

 あの酔芙蓉は、台風11号に吹きちぎられることも二日酔いで寝込むこともなく、今朝も白い八重をきれいに咲かせている。
(2009年9月3日)