大英博物館

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[エッセイ 101](既発表 4年前の作品)
大英博物館

 入場者が、ミイラの前でつぎつぎと記念写真を撮っている。あとで、立派な心霊写真に仕上がることであろう。私は、ミイラの数の多さとその異様な雰囲気に圧倒され、足早にその場を離れていった。

 ここ大英博物館は、まずはその器で来場者を驚かす。正面ゲートをくぐると、巨大なギリシャ神殿風の建物が私たちを迎えてくれる。大英帝国が、世界中からかき集めた戦利品を誇示するに足る大建造物である。その中央部にはもう一つ別の建物があった。博物館と一体的に機能する大英図書館である。

 大英博物館は、個人のコレクションを国に寄贈したのが始まりといわれている。展示あるいは収蔵されているものは、世界中から集められた歴史的な文化遺産である。なかでも、エジプトやギリシャ・ローマなどを起源とするものが充実している。その収蔵品の質と量は、考古学者も認める世界最高峰のコレクションである。

 最初、博物館の中に図書館の建物があると思っていたが、そこはもともと大英博物館の中庭であった。その上にガラスの大天井をかぶせ、屋上屋を重ねたものである。2年前、大英博物館が創設250周年を迎えたとき、記念行事の一環としてつくられたものであった。

 最初に目につくのが、古代エジプト象形文字解読のきっかけとなったロゼッタストーンである。玄武岩の上に、同じ内容のことが古代エジプト文字と古代ギリシャ語の二種類の言葉で刻まれている。

 その奥には、おなじみのレリーフがあった。アッシリアのアッシュールバニバル王がライオン狩りをしているときの絵巻である。ライオンを射止めている王の姿は、書物などで何度か見かけたことはあるが、その端のほうに出てくる死にそうになったライオンの、悲しそうな表情が目に焼きついてはなれない。

 そして、何十体にものぼるミイラの数々、なかでも、通称「ジンジャー」は裸の死体がそのまま展示されている。いくら5千年前のものとはいっても、人間の死体には違いないのに。

 私たちは、この博物館のお陰でいながらにして人類の文化遺産を実際に目にすることができる。それも空調のきいた快適な場所で、しかもまとめて時代を追いながら比較・検証することが可能である。考古学者はもとより、われわれ一般観光客もどれだけその恩恵に浴していることか。

 しかし、人類史を証明するような貴重な遺産は、現地にあってこそ学術的な価値を発揮するのではなかろうか。ましてミイラは、その人物がいずれ復活することを信じてつくられたものである。安眠の地に戻し、そっと復活のときを待たせてあげるのが人の道というものではなかろうか。

 きれいごとの建前と、現状の利便性をどう両立させるか。ぼつぼつ真剣に考えるときが来たようだ。
(2005年6月28日)