イングランド

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[エッセイ 99](既発表 3年前の作品)
イングランド

 ひつじが1っぴき、ひつじが2ひき・・ひつじが999ひき。観光バスに乗り合わせたツアー客みなが、心地よい眠りへとおちていった。願わくは、運転手だけには羊が眼にはいらないようにしてほしい。ロンドンから300キロも北上してきたというのに、あいかわらず車窓からは山影ひとつ見えてこない。

 今回参加したイギリスのツアーは、イングランドを大きく周遊するバスの旅であった。といっても、全行程1千キロのうち、9割は羊を数える旅でもあった。果てしなく続く丘陵地、その半分以上は牧草地であった。放牧されているのはほとんどが羊であるが、たまに乳牛も混じっている。牧草地の合間には、菜の花畑や小麦畑も点在している。牧草の緑、菜の花の黄、そして小麦の薄緑の鮮やかなコントラスト。ある人は、北海道の美瑛を連想するといっていた。
 
 やっと山らしい風景に出会えたのは、イングランド北端の湖水地方に入ってからである。氷河の侵食によって形成された深い谷が放射状に延び、それに沿って大小の湖が静かに水をたたえている。イギリス最大の国立公園としてあまりにも有名なリゾート地である。ピーターラビットビアトリクス・ポターゆかりの地であり、ロマン派詩人ウイリアムワーズワースの故郷でもある。
 
 文学といえば、その途中で立ち寄ったハワースは小説家、ブロンテ三姉妹の故郷として知られている。彼女たちの作品のうち、とくに有名なのがエミリー・ブロンテの「嵐が丘」である。モデルは実在しなかったが、その小説の舞台はこのあたりを想定したものだという。そして、この国でシェイクスピアを忘れてはならない。ストラトフォード・アポン・エイボンという長ったらしい名前が彼のゆかりの地である。シェイクスピアの生家、彼の奥さんの実家、彼自身のお墓、そしていまはシェイクスピア劇場までが揃っている。
 
 それにしても、よくもこれほどまでに変化の乏しい景色が続くものだ。どこまでいっても羊がいて菜の花が咲いている。どの村にも教会があり、石造りの住宅が静かに軒を連ねている。人情や文化、気候風土だって少しずつは違うはずなのに・・。せめて土地利用くらい、もう一工夫あってしかるべきだと考えるのは日本人の特性だろうか。観光資源が、時の止まったような村々の佇まいと誰々のゆかりの地といったものに限られるのもけだし当然であろう。

 伝統や整合性といった概念は、日常生活においても大切に扱わなければならない。しかし、それらにこだわっていたり変化をきらっていては、次世代の発展は見えてこない。産業革命を勃興させ、近代文明の世界標準をリードし、七つの洋に君臨して世界中の富をかき集めたあのパワーはなんだったのか。とうとう答えを出せないまま、成田に降り立ってしまった。
(2005年6月11日)

写真 上:ハワース近郊(小説「嵐が丘」の舞台の近く)
    下:コッツオォルズ村