いずれあやめか、かきつばた

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[エッセイ 213](新作)
いずれあやめか、かきつばた
 
 梅雨もやっとそれらしくなりはじめた6月の半ば、雨をながめていてふと忘れものに気がついた。今年はまだ、アヤメのたぐいを愛でていなかったのだ。つゆの晴れ間を待って、伊勢原のあやめの里を訪れた。

 華やかだったはずの花々はすっかり勢いを失い、恒例のあやめ祭りも2日前には終わっていた。それでも、ときおり訪れる見物人を励ますように、花たちも命の残り火を懸命にかきたてていた。

 ここ伊勢原のあやめの里は、国の減反政策の対象となった休耕田を活用したものである。もと水田であった約1、3ヘクタールの用地に、200種、2万株のアヤメのたぐいが植えられている。潮来のあたりまで気軽に足を伸ばすことのできない神奈川方面の住人にとって、ここは大変ありがたい存在である。

 ところで、アヤメというとすぐ、「いずれあやめか、かきつばた」のフレーズが連想される。これは、「両者ともに優れていて、優劣がつけにくい」ということを、「アヤメとカキツバタは判別が難しい」ということに例えたものである。
 
 たしかに、アヤメとカキツバタ、そしてハナショウブ三者の判別は容易ではない。アヤメは乾いた場所、カキツバタハナショウブは水中や湿地に生える。アヤメには、外花被片とよばれる前面に垂れ下がった花びらに文目(あやめ)模様があるが、あとの2種には見当たらない。代わりに、これらの外花被片には斑文がある。カキツバタには白の、ハナショウブには黄色の斑文である。
 
 花は、アヤメは紫、カキツバタは青紫、そしてハナショウブは紅紫とそれぞれに代表される色をもっている。アヤメはたまに白も見かけるが、あとの2種は他にもいろいろな色や柄をもっている。
 
 アヤメは、漢字では「菖蒲」と書く。カキツバタは「燕子花」あるいは「杜若」、そしてハナショウブは「花菖蒲」または「玉蝉花」と書く。ところが、「菖蒲」は端午の節句にはなくてはならないあの「ショウブ」のことも指す。

 前に出てくる3種類の花がいずれもアヤメ科であるのに対し、ショウブはサトイモ科に属する。花は咲くがアヤメ科とは似ても似つかない。小さな花が無数に集まり、蒲の穂に似た形になる。その葉は肉厚でピンとしており、菖蒲湯でおなじみのあの強い匂いをもつ。
 
 やはり、花の名前は慣例どおりカタカナで書くのが一番妥当なようだ。
 
 そういえば、あのあやめの里では3種類の違いをうまく区別できなかった。しかし、あそこは田んぼと同じ状態なのでもともとアヤメは植えられていないのではないか。そこで、もう一度よく確かめてみたら、全部がハナショウブであった。実態は、あやめの里ではなく「アヤメ科の里」であった。
(2008年7月1日)