パンツを穿いた犬

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[エッセイ 52](既発表 4年前の作品)・・エッセイ22の後日談
パンツを穿いた犬

 パンツを穿いたその犬は、今日も家中を駆け回っている。相変わらずおむつを穿かされ、後ろ足を引きずるような歩き方をするが、とにかく自分の足で歩いていることは間違いのない事実である。

 ある朝、突然下半身が麻痺して9ヵ月が過ぎようとしている。その日から3日後には、おむつを穿かせるようにした。犬専用のおむつは高価なので、新生児用の特売品を買い込んできた。その中央部分やや上方に十文字の切れ込みをいれ、そこからしっぽが出るようにした。

 朝食前と夕食後の1日2回、それを取り替えてやる。ウンチは腸の運動によって自然に押し出されてくるが、おしっこは膀胱が満タンになりそこから溢れない限り体外には出てこない。おむつをしているので外に漏れ出す心配はないが、膀胱は常に満タンの状態が続き、そのために膀胱炎を起こす心配がある。私たちは、動物病院の指導を受けて朝夕の2回おしっこを搾り出すことにした。

 3ヵ月が過ぎ秋風が立つようになったころ、わが愛犬は食事をする時後ろ足を立てるようになった。そして、ついに4本足で歩く真似まで始めた。2月のある暖かい日、椿の花がほころびはじめた庭に出してみた。足を引きずるのでアスファルトの上は無理にしても、芝生の柔らかいところなら大丈夫だろうと考えたからである。犬は、後ろ足を引きずりながらも喜び転げるようにして駆け回った。

 そんな嬉しい日々が続いていたある日、庭に出したとたんにおしっこをするような格好をすることに気が付いた。もちろんおむつを穿かせたままなので実際のところはわからなかったが、とにかく一度おむつを外してみることにした。彼女は私たちの期待に見事に応えてくれた。しかし、後ろ足の力が弱いため、自分の出したおしっこの上にへたり込みお尻はビチョビチョになってしまった。

 立春も過ぎ、日差しがいっそう明るくなったころ、私たちは川沿いのアスファルトの道をおむつを外して散歩するようになった。10ヵ月前と同じ場所に来ると、そのときと同じようにおしっこをする。自分のおしっこでお尻を濡らさないようにする工夫もだんだん上手になってきた。

 実は後でわかったことであるが、わが愛犬は発病後48時間以内に手術をしなければならなかった。椎間板ヘルニアによって圧迫された神経は、その時間内に開放してやらないと死滅してしまうのだそうだ。彼女の場合、その神経は仮死状態にはあっても完全には死ななかったのかもしれない。

 完治は無理としても、リハビリの甲斐あって大切に保管してある専用トイレが再び役立つ時が来るかも知れない。
(2004年3月27日)