犬の椎間板ヘルニア

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[エッセイ 22](既発表 5年前の作品)
犬の椎間板ヘルニア

 朝、二階の寝室からリビングルームに降りていくと、ペットのメス犬が一生懸命しっぽを振って朝の挨拶をしてくれる。わが家は、そんな儀式で一日が始まる。
 
 しかしその日は、彼女の様子がいつもと違っていた。彼女は、リビングルームの片隅に置いてある自分専用のトイレの中に寝そべったまま動こうとせず、ただクンクンと悲しそうに鳴いていた。よく見ると、下半身は完全に麻痺し、アザラシの「タマチャン」のようになっていた。
 
 私は自分のスケジュールを全部キャンセルし、すぐ動物病院に連れて行った。彼女は椎間板ヘルニアと診断された。この犬は、海外にいる息子夫婦から預かったもので、ミニチュアダックスフンドの6歳、名前を「しいちゃん」という。

 この種の犬は、こうした病気に一番かかりやすいということであった。なぜなら、ダックスフンドは胴が長くそのために自分の体重が背骨に集中してかかるためらしい。ちょうど、物干し竿にふとんを干したようなものだそうだ。背骨に沿って走っている神経系統がヘルニアによって圧迫され、脳からの指令が下半身に伝達されなくなってしまったのである。
 
 彼女は、後ろ足としっぽを動かせなくなったばかりでなく、ウンチやおしっこもコントロールできなくなっていた。上半身は今までどおり元気なために、リビングルームとキッチンの間を這いまわるようになった。彼女が動きまわった結果、垂れ流し状態の排泄物が広範囲にばら撒かれ臭気は家中に充満していった。

 私たち夫婦は、連日の看護とその後始末に追われ疲れ果ててしまった。一方の彼女も、体が思うようにならない、外出はさせてもらえないということで相当ストレスが溜まってきたようである。
 
 やがて、私たちの看護のやり方も、動物病院の先生の指導によって少しずつ上達していった。たとえば、おむつをすることによって排泄物が漏れ出さないようにしたり、前もって彼女のお腹を抑えておしっこを搾り出したりすることができるようになった。私たち二人としいちゃんは、一時のパニック状態から脱し、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
 
 発病から9日が過ぎた。彼女はこの厳しい現実を受け入れ、少しずつ前向きに生きようとしているようにみえる。車椅子を作って散歩に連れて行ってやろうと考えたが、そうすると二度と立てなくなると聞いてもう少し様子を見ることにした。
 
 いまは粗大ゴミでしかなくなった専用トイレと散歩用グッズも、再び使われることを信じて大切に保管してある。私たちの、長く厳しい戦いはまだ始まったばかりである。
(2003年7月9日)

注)ここに出てくる動物病院と、2008年6月23日投稿のエッセイー212に登場する病院は同一のものです。