イメージ 1

[エッセイ 188](新作)

 
 いま、菊が満開である。近所でも、丹精こめた立派な鉢植えを見かけることができる。品評会に出すような、あの大輪の豪華な花である。「立派に育てられましたね」。この一言を残さずには、前を通り過ぎることもできないほど、作者の誇りと情熱が伝わってくる。

 旧暦の9月9日は重陽の日にあたり、菊の節句としてお祝いされる。今年は10月19日がその日にあたっていたが菊の蕾はまだ固かった。今夏の異常な高温で、菊の開花も10日ばかり遅れたようである。

 菊は、日本の秋を代表する花である。日本の象徴である天皇家の紋章も菊の御紋である。それにあやかってか、菊の花言葉は「高貴」だそうだ。そういえば、パスポートの表紙にもその紋章がつけられている。外国で、金色の菊の紋章を提示するとき、日本人であることを誇りに思うのはそのためであろうか。

 天皇家の御紋やパスポートの紋章に描かれた菊の花びらの数は、いずれも理想とされる16枚である。試しにと、50円硬貨のそれを数えてみたら、大きい方が15枚、中くらいのほうは14枚であった。格上の100円硬貨に、国花の桜が描かれていることから、あえて一歩引き下がったのかもしれない。

 ところで、菊は約1500年前に中国で人工的につくり出されたものだという。チョウセンノギクとハイシマカンギクを交配したものだそうだ。したがって、野生品種は存在しないのだという。しかし、伊藤左千夫の「野菊の墓」という小説が気にかかったので、手元の広辞林を引いてみた。辞書には、「野菊」とは、.茱瓮覆領爐量鄙陲料躱痢↓¬遒忘蕕キク類の総称、と書かれていた。どうやら、「野の菊」はあるが「野菊」はないのが正解のようである。

 菊人形が現れたのは19世紀の中頃である。菊の花や葉を細工して人形の衣装としたものである。小菊の花の周りだけを残して葉はすべて取り去る。数株ずつ束にして根は水苔でつつむ。それを人形の胴体に逆さに吊るし、首をひねって花の部分が上に向くよう飾りつける。花は、2週間くらいは持つという。

 菊は、一部では食用にも利用されているが、やはり切花が中心である。カーネーションなどとともに、生産高の最も多い花の一つである。私も、若いころ生け花をかじったことがあるが、菊は入門コースの必須アイテムであった。

 西洋では、菊の切花は墓参用に愛用されているという。日本でも、その高潔な雰囲気から葬儀には欠かせない小道具である。そんなことから、病気見舞いには絶対にタブーである。

 それでも、誰しも一度はお別れのときを迎えなければならないとすれば、高貴な花に包まれて旅立つのも悪くないのではなかろうか。
(2007年11月5日)