鯉のぼり

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[エッセイ 168](新作)
鯉のぼり
 
 この季節、車で遠出をすると、河原や谷間にたくさんの鯉のぼりが吊るされているのを見かける。家庭で使われなくなったものを持ち寄り、もう一花咲かせようという地域興しをかねたイベントである。

 そのなかでも、最も数が多いのが群馬県館林市の「世界一こいのぼりの里まつり」である。4つの会場の合計であるが、その数は5,642匹に達するそうだ。鯉のぼりのギネス級でも、大きさの点では「加須のジャンボ鯉のぼり」が断然トップである。その長さは100メートル、重さは359キロにもなるという。

 子供のころ、わが家にも大きな布の鯉のぼりがあった。大きすぎて、とても庭先では上げられない。そんなたいそうなものを買えるような家庭ではなかったが、誰かが面白半分にお祝いでくださったようだ。もったいないので、一度だけ小学校の国旗掲揚ポールに上げてもらったことがある。

 それにしても、5月の風を受けて空高く泳ぐ様は勇壮そのものである。男の子の成長と出世を願うにふさわしい光景である。黒い真鯉に赤い緋鯉、そして青い子供の鯉が数匹。男児の、成長後の家庭を暗示しているようでほほえましい。

 鯉のぼりは、江戸時代に武家で始まった日本独自の習慣である。端午の節句である旧暦5月5日まで、男の子の出世を願ってその家の庭先に飾られた。鯉のぼりは、紙や布に鯉の絵柄を描き、それが風をはらんでなびくように形づくられた吹流しである。

 中国には、「黄河の上流にある龍門の急流を上った鯉は、化して龍になる」という伝説がある。この故事に倣って、人の立身出世を「鯉の滝登り」にたとえ、出世の関門を「登龍門」と呼ぶようになった。鯉のぼりも、この龍門の滝を登った鯉の伝説にあやかったのではなかろうか。

 鯉のぼりのことを辞書で調べてみると、漢字では「鯉幟」と書いてある。幟といえば縦長の布一枚の旗をいう。鯉のぼりの形状からは、むしろ吹流しというべきである。英語では「鯉の吹流し」(Carp Streamer)というそうだから、外国人が見てもそのようにみえるらしい。まったくの想像であるが、呼び方も鯉の滝「のぼり」にあやかったのではなかろうか。

 先日、鯉のぼりの勇姿を撮ろう思いカメラを持って家を出た。しかし、近所のどこを探しても、徒歩圏内でそのような風景を見つけることはできなかった。仕方なく車で出直し、2時間かけてやっと3軒ほど見つけることができた。

 近隣ことごとく子供がいなくなったのか、いてもそれを上げるスペースが見当たらないのか、あるいはそのような素晴らしい習慣が廃れてしまったのか。子供は社会の宝、鯉のぼりの群は繁栄の象徴である。
(2007年5月4日)