自転車

[エッセイ 117](新作)
自転車

 先月、片道8キロの道をママチャリで6往復した。49年ぶりに走る、海岸沿いの懐かしい県道である。高校時代に比べ、カーブやアップダウンが大幅に削られ、全線きれいに舗装されていた。

 2月末、母が胃潰瘍で入院した。入院先は、平素お世話になっている施設と同じ建物にある公立の病院である。普段帰省する時は、母を実家に連れて帰るのが恒例になっているが、入院となるとそうもいかない。少年時代に通った高校の、すぐそばにあるその病院まで、見舞いのために毎日通うことになった。

 過疎のため、バスの便は極端に悪くなっている。そこまでの道のりは、自分の足を頼りにしなければならない。昔と変わらぬ景色に、当時のことがつぎつぎと思い出されてくる。

 3日も通えば慣れるだろうと思っていたが、疲れはたまる一方であった。4日目はお休みにし、5日目はバスとタクシーの併用で切り抜けた。結局、中9日間のうち、自転車を利用できたのは6日間だけであった。

 自転車で走ってみて、その速さと機動性に改めて感嘆させられた。その一方、景色はゆっくりと流れ、気持ちはいっそう豊になってくる。自転車は、行きたいところに自由に出かけられ、見たい所に気ままに立ち寄ることもできる。もちろん、ガソリン代などという余分な経費は一切かからない。

 反面、ちょっとした上り坂や、やや強めの向かい風にもすぐ音を上げてしまう。どれだけバイクがうらやましかったことか。いかに軽自動車がぴかぴかの高級車に見えたことか。雨や風、暑い日や寒い日、自転車は気象条件に大きく左右されてしまう。私自身、海沿いの道を走ったせいもあって、たった6日間ですっかり日焼けしてしまった。

 自転車が発明されて200年余りになるが、チェーンが発明され、後輪駆動に改良されて以降、進化はほとんど止まったままである。ただ、その用途は大きく広がり、日常生活はもとより、業務用、レジャー用、スポーツ用、はては競輪にまで深く浸透している。

 健康のため、環境保護のため、自転車の利用は大いに奨励されるべきである。しかし、車道上の無謀な自転車はきわめて危険であり、歩道上の我が物顔の彼らはいたって迷惑な存在である。このままでは、彼らはイソップ物語の「こうもりと鳥とけものたち」に出てくる自分勝手な蝙蝠としかみられない。

 行政は、ハード、ソフト両面にわたって、自転車の位置づけをもっと明確にすべきである。自転車の利用者は、いわれるまでもなく運転マナーや駐輪方法についてもっと責任ある行動をとるべきである。
(2006年4月5日)