赤とんぼ

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[エッセイ 150](新作)
赤とんぼ

 ♪夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われてみたのは いつの日か♪ 夕日にきらめく赤とんぼたちの群舞を目にすると、誰もがこの歌を口にする。秋雨前線と入れ替わるように現れた彼らの群は、やっと燃えるような恋の季節を迎えたというのに、なぜか一抹の寂しささえ感じさせる。

 この赤とんぼ、実は秋に多く現れる体の赤いトンボたちの俗称である。その赤とんぼの中の代表的なものがアキアカネである。彼等は、5月の末から6月の下旬にかけてヤゴから成虫に羽化する。

 アキアカネは暑さに弱く、夏の昆虫でありながら気温が30度を超えると生きていけない。このため、7、8月の夏の盛りは、最高気温が25度くらいまでしか上がらない高地に渡りをして過ごす。そのための飛行距離は100キロにも及ぶことがあり、標高も3千メートルくらいまではのぼることがあるという。

 秋風とともに、彼等は山から下りてくる。このころになると、体の色はオレンジ色から鮮やかな赤に変わっている。いよいよ恋の季節の始まりである。相手の見つかったカップルは、結合したまま飛びまわり適当な産卵場所を探す。

 アキアカネの属するトンボの仲間は、なんといってもその目に特徴がある。大きな複眼が両脇に突き出し、その間に単眼が3つもついている。空中を飛び交う小さな虫を捕食するには適しているが、見えすぎるために子供たちに指を回され目をまわして不覚をとることにもなる。

 4枚もあるその羽は揚力も十分にあり、機敏に飛翔するのに適している。昭和の初めから終戦まで、胴体を挟むように上下に翼のついた複葉の練習機があった。日本海軍の初等練習機である。翼が4枚、色も橙黄色であったことから、「赤とんぼ」という愛称で親しまれていた。

 飛ぶという点では、雌雄が結合したまま軽やかに飛びまわるのもまたユニークである。人間の男女が腕を組んで歩いているのと同じようなものだ。トンボの場合は、前が雄、後ろが雌である。

 トンボの仲間は、ヤゴと呼ばれる幼虫から、さなぎを経ないでいきなり成虫になる。産み付けられた卵が孵化してヤゴになるまでの過程は種類によってまちまちであるが、アキアカネは卵で越冬し、孵化した年の秋には生涯を終える。
 
 アメリカでは、秋のことを一般にFallという。Fallは、落ちるという意味合いがもっとも強い。そして、滝のこともそう呼ばれている。葉っぱが落ち、陽が落ち、季節が落ちる。世のすべてが深い谷にむかって滝のように落ちていく。秋が寂しいのは日本だけではないようだ。

 赤とんぼも、それぞれの役目を終え、秋の深まりとともに土に返っていく。
(2006年10月25日)