交通違反

[エッセイ 15](既発表 3年前の作品)
交通違反

 前日から降り続いていた激しい雨は、夜明け前に上がった。昨日は雨と寒さで憂鬱であったが、今日は晴れ上がって暖かい。今朝は早めに起きて7時には車で家を出た。新湘南バイパスからは、まるで絵に書いたような雪化粧の富士山が眺められる。右手の丹沢も、抜けるようなブルーをバックにその山なみを際立たせていた。
 
 2週間前のその日、私はホームコースのある箱根湯本に向かっていた。私は、さらにその2週間前に行われたそのコースの月例ゴルフコンペで運よく優勝することができた。もちろん、たくさんのハンデが物を言ってのことであるが、嬉しさになんの変りもない。今日のコンペは小田急カップ、柳の下にドジョウが2匹という幸運に恵まれるかもしれない。
 
 平塚市内の国道1号線をスムーズに抜け、車は西湘バイパスへと入っていった。左手の相模湾は、穏やかな海面をきらきらと朝日に輝かせていた。箱根の山が少しずつ大きくなってくる。料金所を抜けてしばらく走ると、車の流れが極端に悪くなった。

 終点も近いというのに何があったのだろう。いらいらしながら流していると、1台また1台と前に詰まっていた車が少なくなっていった。ついに、追い越し車線の先頭を走っていた最後の1台が左車線に除けた。私は一気に加速した。はっとした。バックミラーを見ると、その車が赤色灯をつけサイレンを鳴らして追いかけてきた。

 この道には覆面パトカーが多く、捕まっている場面もしばしば目にしていた。私自身も、それらしき車を追い抜く時には十分注意してきた。それが今日に限って、というよりもあの直前のイライラによって完全に注意力を削がれてしまっていた。「はめられた」、という感は拭いようがなかった。

 私は仕方なく非常駐車帯に車を止めた。彼らが示したスピード記録計は97キロを指していた。このバイパスのスピード制限は70キロ、私は27キロほどオーバーしたことになる。罰金は1万8千円、反則点は3ポイントということであった。私は、割り切れない気持ちを残しながらもそれをしぶしぶ認め現場を離れた。
 
 いうまでもなく、ルールを守るのは市民の義務であり、交通違反は理屈抜きで悪である。しかし、私の気持ちにはどうしても割り切れないものが残った。覆面、ネズミ捕り。やる方も、やられる方もあまり気分のいいものではない。お互いの心を歪めかねない卑劣なやり方。そんな方法を必要としない社会は、お伽話の中でしか実現できないのだろうか。

 その日のゴルフで、ドジョウを見つけられなかったことはいうまでもない。
(2003年4月15日)