山陰地方

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[エッセイ 16](既発表 6年前の作品)
山陰地方

 先週、家内とともに2泊3日の山陰の旅に出た。最近、わが家でお気に入りの格安パックツアーである。今度の主な目的地は、出雲大社松江市鳥取砂丘、それに天橋立である。

 出雲大社は、日本のあらゆる神様の元祖として知られている。毎年10月になると、会議のために全国からすべての神様が出雲に集まってくるという。この時期、全国のあらゆる神社から神様がいなくなるので、10月は神無月といわれている。出雲大社の外見は極めてシンプルであるが、そのスケールは雄大で神様の元祖にふさわしい荘厳な雰囲気を備えている。

 松江市はいうまでもなく島根県の県庁所在地である。この街は、宍道湖のそばに展開する静かな城下町である。私たちは、今は公園になっている松江城やその堀端を散策した。堀に沿ってゆっくりと歩いていくと、小泉八雲が住んでいたという古い民家に出合った。

 彼はラフカディオ・ハーンというイギリス人であったが、日本女性と結婚してそのまま帰化した。私たちはしばしの間、古くから伝わる奇怪な言い伝えを小説にした明治の文豪に想いをはせた。

 鳥取砂丘鳥取市郊外の海岸に広がっている。その砂丘は、日本海の風と荒波によって形成された。いままで、鳥取砂丘は大きな砂浜の一つくらいに考えていたが、現実のスケールはそれをはるかに超えるものであった。日本海の荒々しさを改めて実感させられる雄大な光景であった。

 天橋立は、宮津湾に突き出した細長い砂洲であり、宮島、松島と並ぶ日本三景の一つである。そこには青い松が生い茂り、湾内の静けさとともにいっそう風情を盛り上げている。ここはとくに股のぞきで有名であるが、現実にはそれほど変り映えするものではなかった。そんなことより、宮島や松島には何度となく行く機会があったが、この天橋立は初めてであり、やっと念願がかなったという感動のほうがはるかに大きかった。

 それにしても、「裏日本」という言葉は差別用語に類するとして禁句になっているのに、同じようなイメージの「山陰」は堂々と使われている。裏日本は形容詞で山陰は地名ということか。機会があれば地元の人にぜひ確認してみたい。

 帰宅した翌朝、妹から電話があった。彼女は、「どこへ行っていたのよ。母が3日前から入院しているのよ。幸い重病でなくてよかったけど、もし死んだりしていたら、長男がいなくては葬式も出せないではないの!」と叫んだ。

 私たちの母は郷里に一人で住んでおり、普段から心配はしていたがまさかこんな時にこんなことになるとは。反省ばかり多く、初めて訪れた山陰の感動はどこかへ吹っ飛んでしまった。
(2003年5月1日)