ハルゼミのつぶやき

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[エッセイ 557]
ハルゼミのつぶやき

 

 「アーァ、早く地上に出て羽化したい。でも、いま出ても、住みかになるはずの松林は枯れはじめ、おまけに害虫退治のために撒かれた消毒薬でひどい目に遭うかもしれない」。「ところが、近隣の松林では、仲間たちが羽化を始めたといい、事実、賑やかな声が次々と伝わってくる」。「この松林では、一体いつになったら地上に出られるというのだろう。私たちは、ボスのお許しがないと外に出られないが、この林はとくに地上の環境が厳しいのだそうだ」。


 私は、地中で羽化のタイミングを見計らっているハルゼミのオスの幼虫です。ここは、日本でも二番目に大きい町の郊外にある松林です。母が、私を産んでくれたのはもう7年も前のことです。以来、まっ暗なこの松林の地中で、芋虫状態のまま成熟するのを辛抱強く待っていました。そして、いよいよ地上に出てメスを探し子孫を残す年になったのです。機はとっくに熟しています。いま出ていかないと、婚期を逸し、子孫の繁栄に貢献できなくなってしまいます。


 実は、われわれの祖先は、比較的温暖なところを好み、しかも松林に特化して繁栄を続けてきました。ところが、ここ数十年というもの、その住みかである松林が、マツクイムシとかいう悪い虫に食い荒らされ、丸坊主にされてしまいました。かろうじて残った松を大切に守ろうと、人間たちは消毒に精を出しています。しかし、その消毒液は私たちハルゼミにも大きなダメージをもたらしてしまいました。われわれの仲間は、マツクイムシに住みかを食い荒らされ、おまけに人間の撒く消毒液によって、いまや絶滅寸前になってしまったのです。


 春暖かくなって最初に姿を現わすのが、いま土の中でつぶやいているハルゼミである。別名を松蝉(マツゼミ)と呼ばれるように、少し高地の松林に好んで生息している。本州、四国、九州、それに中国本土でも見られる。全身が黒、羽は透明である。ヒグラシより一回り小さく、オスは27~32ミリ、メスは23~26ミリほどである。ほかのセミたちに先駆け、早いものは4月には地上に現われて、松の高木の梢で「ムゼー・ムゼー」と鳴く。


 この半世紀近く、西日本中心にマツクイムシが大暴れし、松林は次々と裸にされていった。それでも、枯れた木の下から新しい芽を出し、なんとかもとの林に戻ろうと頑張っている。ところが、またその悪い虫の集団がやってきて、新しい松を食い荒らしていく。結局、その跡には孟宗竹がはびこり、松林は竹薮へと姿を変えていった。人々は、マツクイムシを退治し、松を守ろうと頑張っているが、住みかを追われたハルゼミには、それがさらなる災いになっている。


 新型コロナウイルスに襲われ、いままた第二波の襲来に怯える人間も、ハルゼミ同様巣ごもりから出るタイミングを計りかねているようだ。
                      (2020年5月17日 藤原吉弘)